24:目覚め
不思議なことに、メルルにはおばばの動く先が読めるかのようだった。その小さな声の指示に従うことで、勇生はおばばの蹴りを受け止めることができるようになっていた。
・・・認めたくないが、ラウルの言うことを聞いているせいもあるかもしれない。
『あ、右上!』
勇生はメルルの声と同時に両手を床に付いて屈み、おばばの脚を躱す。繰り返す内に、徐々にだか声が届く前にその感覚がわかるようになっていた。
『イメージして!!体中、肌や爪、髪の毛の先、その周りの空気全てから気配を感じ取るんだ。』
ラウルの声はやけによく通る。言っていることはおかしな事だが勇生は声に従いイメージする。自分の全てが感覚神経と化して、自在に動くおばばを捉える。その姿は強いて例えるなら、蠢く蜃気楼のように視えた。
バシッと音がして、勇生の手がおばばの足首を掴んだ。
ー完全に読めた。
勇生はにやりとしておばばを見る。おばばは足を上げたまま勇生を見下ろし、次の瞬間物凄い勢いでその足を振り落ろし両手を合わせた。
勇生が床に倒れた音と、パンッ!!と乾いた手の平の音が広間に響いて、ラウルとメルル、勇生がおばばを見る。
よし、今日の訓練はこれで終わりー。
その言葉を期待した勇生に向かって、おばばは告げた。
『うむ。ようやく慣れてきたか。・・・次は、”逆”だ。』
は?と驚く勇生からまた少し離れ、おばばは手を後ろ手に組んだ姿勢を取った。
『逃げてみな。』
短くそう言うと、ぽかんとする勇生に向かってシッシッと追い払うような仕草をする。次の瞬間、溜息をつく暇も無く勇生は走った。広間中を走っても走ってもおばばが目の前に現れる。
ちょうど入り口・・・ラウルとメルルの前に来たところで足がもつれて、勇生は床に倒れた。なかなか起き上がらない勇生を見てラウルとメルルが心配している。いや、ラウルは半分小馬鹿にしているように見える。
勇生はもう全身で呼吸をしながら、ラウルを睨んだ。
『おい。教えろ。』
ラウルは驚いた顔で勇生を見た。勇生は呼吸すら辛そうに見えるが、ラウルを見る眼には力が漲りその顔は真剣そのものだ。
『ああうん、ーそうだね。』
ラウルは慌てて答える。
『きみーえっとユウキの、姿は見えすぎだから、さ。』
『嫌みはいらねえ。』
『いや、ゴメン。嫌みじゃないんだけど。』
ラウルは頭を掻きながら少し上の方を見てひと言ひと言、考えながら言葉を選ぶ。
『抑えるんだ。自分に閉じ込める。呼吸と合わせて、自分の輪郭に沿って、エネルギーを循環させるとこから始めて、どんどん内側に。』
勇生はその言葉一つ一つをイメージしてみる。
ー吸う。吐く。
何度も繰り返す内に、体に何かが纏わり付いているかのように肌が粟立つのがわかり、勇生はその感覚にゾクッとした。
ー吸う。吐く。
つま先から頭へ。頭から指先へ。体を撫でるようなその感覚をゆっくりと勇生は動かしていく。
気持ちは悪いが、その”何か”は勇生のイメージに従い、肌の上をぞわぞわ、ぞわぞわと這い上っていく。
『うん。そうだね。まずはそんな感じ。』
ラウルは勇生を見てまた驚きながらうんうん、と頷いた。
ラウルの元で座り込んだ勇生を部屋の真ん中からジッと見ていたおばばもまた1人で呟く。
『・・・ううむ。』
そして入り口の方へ徐に歩いてきたおばばは横目で3人を見ながらドアノブに手をかけ、咄嗟に身構えた勇生と驚くメルルに向かって言い放つ。
『今日は終いだ。』
それだけ言うとおばばは勝手に部屋を出て行ってしまった。
『は?』
置き去りにされた勇生は座り込んだまま閉まったドアを見ていたが、ラウルはまたニヤニヤとしながら勇生を振り返った。
『やったね。』
勇生は訝し気な顔でラウルを見る。ラウルは嬉しそうに言った。
『本気充電しないと次は勝負出来ないって。』
勇生は言葉の意味を理解出来ず、メルルの方を見てみる。メルルも首を傾げていたが勇生と目が合うと興奮気味に声を上げた。
『なんか、凄かった!!気配が、操れてた!!』
その嬉しそうな様子にとりあえず勇生はほっとする。
『そっか。』
照れたように言ってようやく立ち上がる。ラウルは勇生に肩を貸そうとしたがその手を払われ、残念そうに首をすくねてドアを開けた。
『お疲れ様。』
その日はとりとめの無いラウルのお喋りを聞きながら、4人で食卓を囲んだ。
第六感・・・




