20:家族会議
翌々昼まで、勇生は夢も見ずに眠っていた。昼になり空腹感から目を覚ますと、ラウルが皿に盛られた料理をテーブルへと置くところだった。
『あ、目え覚めた?』
ラウルはこちらを見ている勇生に気づき、起きて椅子に座るよう手招きする。テーブルからは食べ物の美味しそうな匂いが漂ってきて、勇生は一瞬考えたが空腹に負けテーブルについた。ラウルの隣には何故かしかめっ面のおばば、その向かいに勇生が座る。メルルはまだ起きていないようだった。
『メルルは・・・?』
勇生が恐る恐る聞くと、ラウルの代わりにおばばが答える。
『安心しろ、じきに回復する。』
ホッとすると同時に腹が鳴り、勇生は手で腹を押さえた。
『食べられるかな?どうぞ。』
そんな勇生を見てラウルが手元のスープを勧める。まるで勇生が起きるのもわかっていたかのように、テーブルには3人分のスープが並べられていた。
『口に合うといいんだけど。』
『・・・いただきます。』
勇生は一応礼を言ってスープを一口啜る。温かい。何かわからないが、煮込まれた根菜の類のものと、すり身の団子が入っている。スープの入った椀と大皿、スプーンのようなナイフのような食器は全て木を彫って作られたもので、表面には艶があり、細かな彫刻で飾られていた。・・・勇生の目で見ても高価そうな代物だ。
『君達の世界では、どんなものを食べるの??』
しげしげと食器や料理を眺める勇生にラウルが尋ねる。その横でおばばは舌打ちしながら皿の上に乗った木の実と肉を和えたようなものをつまんでいる。
ー君達の世界、か。勇生はその意味をしばし考え、質問の答えを探した。
『似たような。こんな料理もある・・・と思う。』
『へぇそうなんだ!!行ってみたいなあ。』
ラウルは興味深げにため息を付き、おばばが大きく咳払いする。そしてラウルに反論させる気は無いとでも言うように早口でまくし立てた。
『外の世界になんか行かせられん。』
勇生は2人のやり取りを聞き流しながらまた料理に視線を落とす。どうやら自分には関係無い話になりそうだ。しかし外の世界に、行く方法があるのだろうか。
『外の世界とまでは言わないけど、森の外に出たいんだよ。』
ラウルは熱心な口調で語り始めた。その顔をチラッと見ると頬が上気し口が尖って幼く見える。こいつは何歳なんだろう。勇生は考えた。時折大人びた表情をするが背丈は勇生より少し低く、無邪気な顔をしていると自分と同じか下くらいに見える。
『ならん。お前の父親と母親を見ろ。』
おばばも負けじと熱を帯びて、周囲に唾を飛ばしながらラウルを説得する。勇生は顔をしかめた。
『骨すら戻って来んのだ。2人して甘ったれの馬鹿共が、出稼ぎなんぞに行きおったせいで。』
『お前なんぞ、この森すら生きて出られん。』
ラウルはその言葉を聞いて余計に勢いづいた。
『馬鹿はおばばだ。こんな森に籠って何十年も外に出ない。こんな森の主になって何が楽しいんだよ!』
聞いていられない。勇生はズズ・・と残りのスープを飲み干すと、椅子を引いて立ち上がろうとした。
しかしラウルがその勇生を呼び止める。
『だから、メルルと彼・・・!あ、今更でごめん名前、何だっけ?』
『は?』
勇生は気の抜けた返事をしたが、ラウルは大げさに勇生を指差しておばばに言う。
『この2人と一緒ならいいでしょ?彼すごく強いんだ、おばばにもわかるよね?』
強いと言われ悪い気はしないが、今のところそんな自覚は無いし巻き込まれるのは御免だ。勇生はおばばの顔を見た。どちらにしろ、この老婆が許可すると思えない。
おばばは黙って勇生を見た。
勇生は無意識におばばを睨む。何だ。俺をけなすなりなんなり、どうとでも言えばいい。さっさと終わらせろ。
おばばは、そんな勇生のことを上から下まで遠慮なくじろじろと見た後、怒りを鎮めるかのようにゆっくりと深呼吸し首を振り、ラウルをもう一度見て言った。
『とにかく。このままでは行かせられん。』
『は?』
一人驚いたのは勇生だった。ラウルは満足気に鼻を膨らませた。
『ちょっと待て。』
思わず声を上げ、勇生はおばばとラウルを交互に見る。
2人共、至極真面目な顔をしている。
『・・・お主らは、世界を渡る時に莫大なエネルギーを手にしたようだな。』
何を言っているのかわからないと言う顔の勇生に、おばばが神妙な顔で告げる。その言葉は、老婆の口から発せられるせいか不思議な説得力を持って勇生の頭に響く。
『しかし、いちいちその魔力の全量を放出する大馬鹿者じゃ。・・・特にお主、今のままでは、タレ流しだ。無駄に消耗する上、余計な敵を招くことになるぞ。』
おばばの勇生を見る瞳が不気味に光っている。勇生はその瞳から目が離せなくなり汗が額を流れるのを感じた。
『・・・今のままでは?』
勇生がそれだけ返すと、おばばとラウルが2人揃って頷く。
『今のままでは、いずれ死ぬ。森で訓練し、その力を使いこなせれば・・・。』
おばばの言葉にラウルが念を押すように続ける。
『君達が力を制御できるようになれば、僕と一緒に外に行ける。』
ラウルは微笑み、おばばはやれやれとため息を付いた。
勇生は服の袖で1度顔を拭い、もう一度2人を見たが、勇生に選択肢は残されていなかった。
3人は誰からともなくまた椅子に座り、黙って食事の続きを始めた。
・・・外。森の外には何があるんだろう。
勇生はチラリと見た街のことを思い出したが、明日から始まる訓練とやらに憂鬱な気持ちになりただ口を動かすことに専念した。
1日空きましたが何とか。まだまだ20話なので出来るだけ(可能な限り)連日更新がんばります。