19:一時休戦
おばばは全て解っているかのような顔でラウルと勇生、メルルを見て立ち上がった。血塗れのメルルに驚いた様子も無く、部屋にあるドアの1つを開き中に入るように指示する。
『ここじゃ寝かせられんだろ。』
ラウルが部屋に入りメルルを寝かせると、おばばはシッシッと追い払うような仕草をしてラウルと勇生を追い出した。
『水と布だ。』
おばばがそれだけ言うとラウルは頷き勇生に隣のドアを指し示す。
『そっちの部屋に布があるんだ。僕は水を用意するから適当な布を持っていってくれない??大きな布がいいかな。』
勇生が示されたドアを開けるとその中は想像以上に広く、棚や蓋の付いたカゴ、大小の瓶や古い書類でごった返していた。それらをぐるりと見回したが、見たところ布らしきものは見えない。
数歩中に踏み込むと、勇生は無遠慮に片っ端からカゴを開けていった。その中には誰かの衣服と思われるものーおばばのものとは思えない女性用の服も入っていた。誰か他にも住んでいるのかもしれない。そんなことを頭の端で考えながら次のカゴを開ける。そこに、白いシーツのような布が入っていたので勇生はそれを抱え部屋を出た。
メルルの入った部屋からは、おばばの低い声が聞こえる。
『ったく休む暇もありゃしない・・・。・・・。』
そのドアをノックした後、細く開けて勇生は隙間から布を差しだした。
おばばは少しもこちらを見ること無く、手元の小さなテーブルに布を置くように身振りすると、何やら呪文のような言葉を唱え始めた。その横には服を脱がされ横たえられたメルルの身体がある。
生気の無い顔。今にももげてしまいそうな四肢と、気持ちばかりの布がかけてある、なだらかな曲線部分。
勇生は目を逸らそうとしながらも、それを食い入るように見てしまいおばばに睨まれ、慌ててドアを閉めた。ラウルがどこからか水を汲んできたが、勇生は落ち着かないそぶりでそのバケツを受け取りまたドアを開けた。
ラウルに見られたくなかったのだ。ドアを開けるとメルルの身体には勇生が先程持ってきた布がかけられ、おばばが目を閉じ熱心に詠唱していた。
勇生は邪魔をしないよう隙間からそっとバケツを置きすぐにドアを閉める。
その様子を見たラウルは、勇生の肩を叩き、ニコッと笑った。
『おばばに任せれば大丈夫。君も休みなよ。』
勇生はこんな事態になったわけをラウルに問いたかった。しかし、言われてみれば身体は重く、頭も回らずまだ回復しきっていないことを思い知らされる。
『おばばは回復魔法も得意なんだ。僕が昔散々怪我したからね。僕のおかげだって。』
ラウルは悪びれず言って笑う。
魔法、魔法か・・・。
勇生は言われた通り、最初に寝かされていたベッドに横になりながらぼんやりと考えた。
回復魔法。そんなものが使えれば、この先役に立つだろうな。
『メルルが採ってくれた薬草も、ちゃんと使うよ。』
ウトウトする勇生にラウルがまだ語りかけている。
ずっと喋ってるな。こいつ。勇生は少し苛立ちながらも、瞼はもう開かない。
『本当に沢山採ってくれたから。2人はツガイなのかな?愛されてるんだね。』
そんなわけがない。会ったばかりだ。しかしそれを答える気力もなく、まるで子守唄のように響く少年の声を聞きながら、勇生は深く深く眠りに落ちた。