174: 2人
『君を、ギャフンと言わせるのが今から楽しみだ。』
耳元でそう囁きながら、田中は何とも言えない高揚感に包まれていた。
ーフン。どうだ。言ってやった。
『被害者扱いしないでよ。』という言葉は、これまで勇生に何度も言いかけて、何度も飲み込んだ言葉だった。ささいな言葉だが、気安く言える関係でもなかったし、メルルになってからは余計、言えなかった。
”どうか、僕を対等に見て”
ーこの世界でも、向こうの世界でも、見ていた君だからこそ、”僕”を認めて欲しい。こんな事を考えるのは、我儘だろうか。
熱を帯びた田中の言葉に驚くように勇生の顔が動いて、それと同時に田中から全ての感覚が消え、視界も消失し、先程までの高揚感が瞬く間に恐怖に変わった。
ーあ、消えるんだ。
理由は無いが、突然そう思った。熱くも冷たくも無い。痛くもないし、痒くもない。何の抵抗も感じないのに何故こんなに怖いのか。
ー自分が無くなる気がする。
ーヴォイド。
気づいたら、田中は時空の旅人の名を呼んでいた。名前を呼んでいるつもりなのに、自分の声が聞こえない。
ーヴォイド!!
何度も繰り返し呼んで、叫んだ。
どれくらいの時間が経ったのか、ヴォイドを呼ぶのもいい加減疲れて来た頃、突然、大きな欠伸のような獣の咆哮のような音で空気が振動し、身体がビリビリと震えた。
突然の”感覚”の訪れにハッとした後、次は自分がゴツゴツとしたところに座っているのを感じた。
『これは・・・。』
田中は、戸惑ったように身体の下を触り、自分の発した声が聞こえたことにホッとしながら、少しずつ手探りで移動していく。
『・・・うわっ!?』
何か触ったと思ったら、その相手も驚いて声を上げ、飛び起きた。
その声に思わずニヤリとしながら、田中はそっと相手に呼び掛ける。
『ワタシだよ。』
『えっ?!』
勇生は驚いたような、嬉しいような、複雑な感情を滲ませながら次の言葉を続けた。
『・・・何も見えない・・・。』
そうだ。何も見えない。でも、田中にはコレがどういうことか、何となくわかっていた。
『そうだね。怖い?』
少し意地悪な声で尋ねると、勇生は戸惑いながら答えた。
『いや、怖いというか・・・何か、ちょっと、驚いてる。』
勇生はそう答えた後、心の中では、またメルルと会えると思わなかった、と呟いた。
特に良いことをした覚えもないし、”誰か”に生かしてもらう意味もわからない。何となく、このまま消えるんだろうと思っていた。
驚いてはいたが、メルルの声を聞いて少し安心した。
そこへ、また咆哮が轟いた。
身体の下の獣が吼えているのだ。
『ヴォイドか・・・。』
勇生が呟くと、田中もそっと相槌を打った。
『そうだね。どこに向かってるんだろう。』
ヴォイドの身体はどこか嬉しそうに、力強く、迷いなく飛んでいた。
『どこかわからないけど・・・。』
田中が少し自信ありげに先を続ける。
『また、”別の世界”かも。』
勇生は少し驚いた様子だったが、田中に影響されたのか少し口元を綻ばせ、困ったように笑った。
『はは、そっか。』
すごいな。メルルは。
田中もまた、勇生の笑い声を聞いて微笑む。
今度は最初から味方もいるし、次の世界だって、きっと楽しくやっていける。
ー何故なら、次はきっと。
ーーー
2人は、4つ感覚の世界へ。触覚、聴覚、、、、
こんなに長編になると思わず、ストーリーも設定もごちゃごちゃになりましたが…読んでいただけた方にひたすら感謝。
また、ところどころ修正を加えるかもしれません。




