171:桜の樹
実体は無いようなのに、”見えない力”に押されながら田中はびゅうびゅうと飛んでいた。まるで溺れたように身体は不安定だがどこかへ向かっているかは確かで、不思議な感覚だった。
ー僕は、死んだんだ。
田中は、飛ばされながらその事実をぼんやりとかみしめていた。
しばらくすると突然にまた視界が開けて、父と妹が目の前に出てきた。
『・・・。』
先程喧嘩ごしだったのとは打って変わって、2人ともすっかり静かだ。
『・・・。』
2人は黙って両手を合わせ、何かに祈るように目を閉じていた。2人の立つ場所は、田中の家にほど近い、小さなお寺の桜の樹の下だった。
ーそっか。ここか・・。
田中は、その場所を見て、妙に納得した様子で頷いた。
ー樹木葬とか、言葉は知ってるんだけど。
まさか、自分がそうされると思っていなかった。でも、別にショックなわけではない。お墓なんて立てるお金はないって、知っていた。
そして、この場所が自分の眠る場所だということは何故かとても実感出来た。
田中は、別れを惜しむように目を細めて、父と妹をもう一度見つめた。
『父さん。真凜・・。』
口を動かしたところで、2人が”声”に気付く気配は無い。
『2人とも、ごめんね。』
田中は、もう一度呟いた。
自分の墓参りをしてくれているのだと思うと、申し訳ないし、やっぱり悲しい。
ー本当に死んだんだ。僕。
桜の樹の下から、もう甦ることは無い。骨は分解され、自然に還るだけだ。
そう考えたところで、そう言えば”あっちの世界”では一回死んで、甦ったんだった、と思って少し可笑しくなった。
そして田中が微笑んだタイミングで、隣にまた別の”誰か”が現れたのがわかった。
その気配で、”誰か”は田中と同じ方向を向いていることがわかる。
ーえ、何で、キミまで?
田中は思わず口を開きかけたが、出掛かった言葉は勝手に大きくなっていく心臓の音に掻き消された。
ドクン、ドクン、と身体から飛び出す程、大きな音が胸から鳴り響いている。
ー僕が、バレる。
ー本当の僕が。”田中”だって。
頭の中はもうパニックだ。隣にいるのは勇生だとわかったのだ。僕が”彼”に気付いてしまったということは、”彼”にも気付かれるかもしれない。今の姿は自分では確認出来ていないのだ。隣を見たいのに、怖くてそっちを向くことが出来ない。
『ごめん。』
隣に立つ勇生は悩んだ末に一言だけ発すると、田中の動揺には気付かない様子で桜の樹に向かって深々と頭を下げた。
『・・・。』
長い沈黙の間、田中はずっと、今すぐ”勇生”の側を離れられるように念じていた。
『・・・。』
しかし、身体がピタリと据え付けられたように、今度は全く動く気配がない。
ーもう、何で。
田中は、小さくため息を付いた。
その瞬間、勇生が勢い良く”田中”の方を振り返った。
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更新遅くなりました!
(この場面で、持ち越しすみません。)




