168:還された魂
『うぐぅっ・・・!!!。』
世界の壁を抜ける瞬間、勇生達と同じく身体中を焼けるような痛みが襲い、桜良は思わず叫び声を上げた。
ー痛い。苦しい。
呼吸をしようと息を吸う度、喉が焼ける。意識が遠のく。
ー辛い。辛い。憎い。火あぶりの時と同じだ。何故ワタシが、こんなに何度も苦しまなきゃならないのか。
朦朧としながら、思い付く限りの恨み言を桜良は吐き出した。
ー私が一体、”何をした”っていうんだ。元々、ただの引き籠りだったのに。そりゃ親に迷惑はかけたかもしれないけど、弟よりはマシだろ。アイツは家族を荒らして、同級生を虐めて、性根が腐ってたんだ。
ーそうだよ。弟が全ての元凶なのに。
ー私は自殺しただけだ。それを勝手に生かして、勝手に力を与えて、挙げ句処刑だって?馬鹿にしてる。一体、何の罪だ。何の罰なんだよ。本当に腹が立つ。こんな茶番に関わった奴ら全員殺してやりたい。
ー私は善人じゃないけど、少なくとも弟とは違う。弱い人間をいたぶったりしない。
桜良は、痛みに歯を食い縛り、息も絶え絶えになりながら、もう一度叫んだ。
『苦しむべきなのは、ワタシじゃなくて、弟だろうが・・・!!!』
それだけ吐き出して力尽きた後、辺りはシン、と静まり返り、しばらくして呆れたような声で誰かがぽつりと呟くのが聞こえた。
『ユウキのお姉さん。今の言葉はあんまりだよ。』
聞き覚えのある声だ。その柔らかく、可愛らしい声が桜良の脳裏にグサリ、と冷たく突き刺さる。
『腐っても”お姉さん”なわけだし、ユウキのこと、家族として、少しは思ってあげて欲しいよ。』
ーああ、この声はあの、クソ”美少女”だ。
『お姉さんのことも気にはなるけど、もう逢うことは無いだろうな。さようなら。元気で。』
ークソ女。いや、違った。クソ被害者。
ー被害者にまでクソ付けたら、本当に終わってるよね。
最後の言葉が自分のものか、少女、いや少年のものかわからないまま桜良はゆっくりと目を覚ました。
目を覚ますと、最初に見えたのは天井だった。その天井には一面、空模様の壁紙が貼ってある。
ー無邪気な子供の頃に選んだ、無駄に明るい壁紙だ。見ると余計に鬱になるから電気はいつも消していた。
ビーッビーッ、と電子音が鳴り続ける中、桜良は低いため息を漏らし、もう一度目を瞑った。
ー騙されたんだ。
まさか自分が、ここで目を覚ますことになるとは。
桜良は、目を瞑ったまま美少女の言葉をゆっくりと思い出していた。
『ワタシのなかにいるもう一人を、元の世界に帰して欲しい。』
ーそうか。何故気付かなかったのかわからないが、あの時美少女は、桜良のことを帰す気だったのだ。
ーそれにしても、何故?あの子にとっても、またとない生き返る機会ではなかったのか。
ー私なんて、生き返る意味はないのに。
ーもしかして、あの美少女ーいや、”被害者少年”もまた、生き返りたくなかった?・・・考えてみれば、あれだけ虐められていたんだから、当然かもしれない。
桜良は静かに眉根を寄せながら、自分をここへ戻した少年の意図を、そして今の状況を考えた。
ー虐めを受けた場所へ戻るのは嫌だったかもしれない。でも、加害者側の勇生といることは平気なの?・・・わからない。
鳴り響く電子音 に気付いたのか、誰かがバタバタと足音を立てて階段を上がってきて、そのまま部屋のドアを勢い良く押し開ける。
桜良が死ぬ前は、勝手に開けられることのなかった部屋のドア。
ドアが開けられた瞬間、そのあまりの勢いで桜良は咄嗟に起き上がり、思い切り声を上げた。
『ギャアアアア・・・ッ!!!!』
簡単に叫び声が出たのは、つい最近までいた”別世界”の影響も、あったのかもしれない。
ともかく、突然桜良のあげた奇声にドアを開けた人物・・・桜良の母親は驚き、ドアノブを握ったまま腰を抜かしてずるずると床に座り込んだ。そしてそのまま怯えたような顔で、恐る恐る桜良を見上げた・・・。




