166:正しい選択
馬鹿げているかもしれない。
ーだけど、もしも万が一、美少女が、あの”被害者少年”だったとしたら?
桜良は混乱した頭で何とか状況を整理した。美少女の内で起きた暴力が、全て現実で、”記憶の再現”だったとしたら。
信じられないことではあるが、頭の中で、美少女のキャラクターに少年の姿が違和感無く重なった。
ー嘘だろ。
桜良は、思わず感嘆のため息を付く。
ー信じられない。だけど、何故かはっきりと確信したのだ。間違い無い、と。
少し前を振り返ると、意識のあった時点では美少女の身体を自分が操っていたように思うが、どうやらどこかで意識の支配が切り替わったらしい。どちらにしろ、自分は”何かの間違い”でこの身体に入っただけなのだ。
先程までは感覚も朧気だったが、
無理矢理流れ込んだ”記憶”のおかげで、意識がはっきりしてきた。
そうしてもう一度改めて美少女の視界を確認すると、巨大な魔獣が目に入った。
そうだ。この魔獣が驚くようなことを言っていなかったか?
ー”元の世界に戻してやる”と。
これもまた信じられない、驚くべき提案だ。でも、簡単に考えればラッキーで、受け入れるべき話だろう。・・・しかし隣にいる弟も美少女も、素直に喜ぶ様子は無い。
何故?
えーと、・・・それから、何だっけ。
桜良は、出来るだけ取り零さないように、丁寧に感覚を辿る。
この身体は、何て言ってた?
”中にいる人を、帰してほしい。”
そうだ。そんなことを言っていた。
美少女=”被害者少年”だとすると、 ”被害者少年”を帰すという話だろうか?
頭が煮えそうだ。
しかしどう考えても、それが正しい選択だ。1人しか選べないならば、誰もがそうするに違いない。桜良は、ある程度納得のいく状況に辿り着いて、安心して、メルルに賛同した。
『誰よりも、”あの子”が戻るべきだ。』
”あの子”・・・名前も覚えていないが、”被害者少年”は弱者で、不幸な少年だった。
悪いことなんて何もしていない。可哀想に、同級生の虐めの標的になり、無惨に殺され、こちらの世界へやって来たのだ。誰が見ても”彼”を救うのが正しい。
ーーー
桜良の意識が動き出したのに気付いてか気付かずか、メルルは黙って口を尖らせ、まだ怒ったように遠くを見ていた。
その隣では、勇生が明らかに肩を落として地面を見つめ、テサが心配そうに2人を見守っている。
『全く、さぁ・・・。』
ー姉弟揃って失礼なんだよ、本当に。
メルルは後半、誰にも聞こえないように呟くと、待ち飽きた様子の時空の旅人を起こすように、大きな声で呼び掛けた。
『ヴォイド・・・さん!決まった!』
メルルの大声に、驚くでもなく時空の旅人は大あくびで答える。
『ヴァァァ・・・。何だ。ようやくか。』
そしてゆっくりメルルと勇生の顔を見回すと、口の端を持ち上げ不気味に嗤ってみせた。
『ウゥム。休息も取れたことだ。答えはまだ聞くまい。まずは、どちらも我の背に。』
『はい。』
進んで一歩踏み出すメルルの後から、勇生もよろけながら付いていく。
『・・・おい。待て。』
その2人を、神妙な面持ちでテサが呼び止める。
『そんな得体の知れない魔獸に、本気で付いて行くなお前達。』
『・・・。』
テサの言葉に、迷う表情を浮かべた勇生に対し、メルルは頑固なまでに決意を固めた様子で、にこりと微笑んだ。
『ありがとう。テサ。』
そして、一気にテサの元へ駆け戻ったかと思うとふわりとテサの手に触れ、それからしっかりとその手を握り締めた。
・・・”父さん”よりも、強くて温かい手だ。正直、テサと離れるのは心細いけど。
だけど、”今”行かないと、解決しない問題がある。僕の決めた選択だ。
気が付くと、勇生がその上に手を重ね、じっとテサを見上げていた。
『ごめん。今までありがとう。テサ。』
2人の言葉にテサは困ったように頷くしかなかった。勇生とメルルもちらりと目を合わせ頷くと、急いでヴォイドの方へ戻った。
『みんな、・・・ラウルも、おばばも、ありがとう。楽しかった。』
メルルがヴォイドの背に跨がり、大きく手を振るとラウルが心底寂しそうな顔で手を振り返した。
『本当に行っちゃうの・・・?あっという間過ぎない?』『僕達、せっかく仲良くなれたのに。』
その小さな肩にエレーヌがポンと手を置き、軽く肩を竦める。おばばは、2人を見上げたまま大きくフンと鼻を鳴らし、嗄れた声で叫ぶ。
『死ぬなよ!小僧ども!!』
おばばの台詞に勇生はキョトンとして、メルルは慌ててヴォイドを促す。
『行こう!』
ヴォイドが大きく身体を膨らませ、一度ぶわりと羽ばたきすると辺りの瓦礫は一瞬にして弾け飛び、一気に高度が上昇して雲を突き抜けた。
ーーー
時空を越える、という感覚は一度目の時は全くわからなかった。
しかし、2回目は違った。
『”魂”だけでなく”器”を保つために、膜を張ってある。』
ヴォイドがそう言っていたが、その効果はよくわからない。ただ、ここへ来て何度か体験した、意識だけが吸い込まれる感覚ともまた違ってひたすら船の上にいるような感じだった。
水の中を進むように、四方八方に空間の流れがあり、目の前の色が目まぐるしく変わり、その中をゆらゆらと揺られながら進んで行く。ユサユサ、グルグル。これが何時間、何日続くのだろうか。
『え、ごめん。これダメかもワタシ。』
思い切り気分の悪そうな顔でメルルが呟いたところで、不意にヴォイドが止まった。
『うぅっぷ・・。』
メルルは口元に手を当て、勇生は慌ててその背を擦る。
『・・もうそろそろだが、戻す魂とは、すぐに決別で良いか?』
ヴォイドは2人の様子を面白がっているかのような調子で尋ねる。
『え、もう着くの?』
メルルは青白い顔のまま、両手を付いて顔を上げる。
『ああ、すぐだ。』
勇生もその声で前方を見て、移り変わりの激しい景色に目を眩ませながらこの先を考えていた。
ー元の世界に戻るのだ。”田中”が、あの後どうなったのかもわかる。自分が、どうなったのかもわかる。
それを見なければ先には進めない。
でもメルルに見られたら?
ーそうしたら、メルルは離れて行くだろうな、やっぱり。
怖い。怖いけど、どうにも出来ない。
諦めと、離れがたい気持ちが混ざって、いっそこのままならいいのに。と勇生は複雑な表情を浮かべる。
『ところでさ、元の世界に帰らない方は、どこでも見に行けるの?時間とか決まってる?』
メルルの矢継ぎ早やの質問に、ヴォイドは落ち着いて答える。
『場所だ。縁のある場所ならば”繋げる”。』
『・・・例えば?』
『身体の在る場所。血縁の在る場所。多くを過ごした場所。』
『死んでたらお墓か。家族も会えるってことだね。過ごした場所か・・。』
メルルが淡々とヴォイドと会話するのに驚きながら、勇生は改めて感心した。
ーメルルは頭が良いんだな。
元の世界のどこに、こんな女の子がいたんだろう。
『選べるの?』
メルルの問いに、ヴォイドは少し柔らかな声で答えた。
『そうだな、必要な場所へ、おのずと導かれるといった方がいいか。』
『案ずるな。』
ヴォイドは最後にそれだけ言うと、もう一度首をもたげ、先へと進み始めた。
突然目の前の景色が暗くなったかと思うと、今度は焼けるような感覚に襲われた。
熱い。そうだ。あの雷に打たれた時、ちょうどこんな感覚だった。
突然そのことを思い出しながら、勇生とメルルは意識を失った。
ーーー
更新間延びすみません・・!




