16:目論見
勇生は夢の中で、フワフワと心許ない足取りでよく知った道を歩いていた。物心ついた頃から毎日歩いた道。古びたバス停とベンチ。その先の小さな階段を上がり、左へ真っ直ぐに進む。目の前にはー・・・また人だかりだ。勇生は立ち止まり、その影が蜃気楼のようにユラユラと揺れた。
中学校と同じくマスコミか野次馬だか、沢山の人間が取り巻いたその場所は、勇生の生まれ育った家の前だった。
ーやっぱり、ここにもいるのか。
勇生は諦めるようにため息をついた。その家の中からのそりと誰かが姿を現し、と同時に周囲の人に一斉に取り囲まれる。
一体、誰がインタビューに答えるんだろう。
弟を恨み拒絶する姉か。憔悴し気力を無くした母か。
勇生は暗い気持ちで視線を落とした。”張本人”がココにいるのに、誰も自分に気づかない。いっそのこと俺に聞けばいいのに。足元をゾワリとした嫌な感触がよぎり大勢の中の一人が背後を振り返ったが、その横をすり抜けて勇生は報道陣の前に出る。
そこで少し驚いた。
『父さん。』
勇生はそれを口に出して、随分久しぶりにその人を呼んだことに気づく。父さん。記憶の中よりだいぶ老けているが間違いない。それはここ10年ずっと単身赴任で家を空け、たまに帰ってもろくに話もしない父だった。
顔ははっきりと見えないが、父はその久しぶりに見る厚い背中を伸ばして人々の前に立っている。何と答えているのかはわからないが、父が家に帰っていることに勇生は戸惑った。
何で父さんが。”息子”のことなんて何も知らないアンタが、何でそこに立ってるんだよ。
まるで、自分の家を守ろうとするかのように。
『何で、今更。』
勇生は悲しいとも悔しいともつかない表情をしてその人に問いかける。が、存在しない勇生の声は誰の耳にも届くことなく消えた。何で・・・。勇生は一人呟きながら、また深い眠りへと落ちた。
メルルが少年の案内で部屋を出た後、一刻程して戻った美しい顔の少年は眠っている勇生の横に座り、興味深げにその様子を見ていた。勇生は時折苦しそうな表情を浮かべていたが、ようやく深く安定した寝息を立て始めた。それを見てうんうんと頷き、ちょっと考えるような顔でラウルは呟いた。
『お兄さんは大丈夫。』
そして少し困ったような顔で続ける。
『メルルも・・・強いといいんだけど。』
その顔には何の悪意もなく、後ろめたさもない。おばばが何かに舌打ちをするのも気に留めずラウルは勇生に顔を近づけ、ヒソヒソ話をするかのように小声で呟いた。
『危なかったら、助けてあげないとね。』
その瞬間、勇生が、目を覚ました。
ラウルは驚いたように顔を離し、そのまま椅子ごと後ろに倒れる。
『何だお前。』
勇生は起き上がりラウルを睨む。
『僕の名前はラウル。』
少年は落ち着きを取り戻しニッコリと挨拶した。
『メ・・・もう1人、いたはずだ。彼女は?』
勇生はメルルの姿を探した。川の近くで戦っていたことは覚えているが、あの、ー蜥蜴のような生き物とメルルがどうなったのか。その先がわからない。ここは誰かの家の中のようだった。部屋の中には知らない少年と老婆しかいない。
『お姉さんは、』
少年は少し言葉を探して言った。
『水浴びしてる。』
勇生はじっと少年を見て考えた。美少年だ。悪者には見えない。答えからして、メルルも無事らしい。ーしかし。
『どこで。』
普通だったら場所を聞くなんて恥ずかしいことはしない。勇生が問い詰めるとラウルは少し焦りながら答えた。
『泉が近くにあるんだ。安全な。』
勇生はそれを聞いて確信した。ラウルは嘘を付いている。その理由はわからないが、メルルは安全な場所にはいない。
『案内して。』
勇生が言うと少年は驚いた。
『水浴び中だよ??それにー・・・お兄さんはまだ、寝てた方がいいよ。』
勇生は首を振る。
『そっか・・・。』
少年は少し考えた後、軽く頷き立ち上がった。
『じゃあ一緒に行こう。そろそろ行った方がいいかも。』
老婆が不機嫌そうに勇生と少年を見るが、少年は笑って、また行ってくる。と老婆に告げた。
勇生の体は不思議と楽になっていた。大蜥蜴に噛まれた腕はズキズキと痛むがいつの間にか包帯が巻かれ治療されている。そのことからも少年と老婆に悪意が無いことはわかった。
ただ、メルルに関して話すとき少年は僅かに不安げだった。それにあの言葉の意味。
(『危なかったら、助けてあげないとね』)
ー騙されたのか。誑かされたのか。
ー簡単な嘘や罠に、騙される方が悪い。
いつもなら勇生はそう思うところだったが、今回はそう思えなかった。
とりあえず今は少年に付いて行くしかない。メルルが無事ならそれでいい・・・。勇生は前を行く少年を油断無く観察しながら、開けられたドアを黙ってくぐった。
ちょっとバタバタ書いたので、また修正入れるかもしれません。