159:時空の旅人(ヴォイド)7
『えっ、じゃあ・・・。どうしよう??』
蚊の声程に頼りなく、情けない勇生の声が薄っすらと聴こえて桜良は苛立ちを覚えた。
まだ、何が起きているのか、把握出来ていない。夢うつつの中でぼんやりと桜良は考える。
・・・とうとう、死んだのだろうか。
頭には国王ブルーセスへの怒りしか無かったはずなのに、夢の中にいるせいかその怒りすら薄まって、感情自体が曖昧なものに感じられる。
・・・復讐、か。
そもそも、何がどうなった?
桜良はまだ美少女の中に居ることだけは感じながら、考えをメルルにさとられないよう、そっと自問する。
何でこんなことになった?今、何がどうなってる?
この世界に来てから、何故か今までこんなことを考えなかった。不思議な力。不思議な生き物。自分でも不思議だが今になって、疑問が次々に浮かんでくる。
あのうるさい美少女に影響されているのだろうか。
しかし、少しして桜良は今更か、と自嘲気味にため息を付いた。
何にしろ、”今更”過ぎるじゃないか。
苦しみしかなかったあの世界で、ようやく死んで生まれ変わったのに。
戦争して、負けて。
捕まって、死んで。
何でか美少女の身体を借りて、復讐だ。なのにその復讐すらままならない。
死にたくなる程、滑稽じゃないか。
・・・バカなの?
桜良は思わず呟いてしまい、その言葉でふと昔の記憶を思い出した。
ーーー
『バカなの?』
それを言ったのは中学の同級生。
同じ高校を受験する子だった。
夜眠れず、ふらりと家を出てコンビニへ行き、その子と遭遇したのだ。
桜良は半分顔を引きつらせて会釈した。
『夜食?』
その子は桜良の手にしたおにぎりを見て興味なさげに聞いた。
『あ、うん。何かそんな感じ。』
産まれたばかりの弟の泣き声と、母親があやし続ける物音で、起きてしまって眠れない。
疲れているのに、眠れない。
起きていたって、集中出来ない。
ちなみに、これは朝食用だ。
母が、最近、食事の用意すら辛いと泣くから。
不満。不満。不満。
不満が口から零れそうになるのを何とか押し留めて、桜良は微笑んでこう続けた。
『でも太るんだよね。夜食って。』
その子は何故か呆れたような目で桜良を見て、言ったのだ。
『バカなの?』
バカなの?たったその一言を残してその子は去ってしまった。
私もその子も結局不合格だった。篩から、振り落とされた。
その結果を受けて、あの言葉は、もしかして彼女に向けたものだったのかもしれない。と考えてみたこともあるが、受験が終わり別々の高校に入学した後も、どうしてかその言葉の棘は抜けなかった。
そして”その棘”はいつになっても心に刺さったまま、時間の経過と共に炎症を広げ、膿を溜め、桜良の身体に毒を吐き続けた。
桜良は当然のように、こんなことにした母を恨み、弟を恨み、周りの全てを恨んで、苦しみ続け、最後の最後、当て付けのように自殺することしか出来なかった。
これって結局、”何”が悪かった?
ーーー
ー桜良は、記憶を辿って不思議な気分になっていた。
”誰が、悪いのか、わからない”
良くわからない”答え”が出たのだ。
強いて言うなら、私が多分、本当にバカだったのだ。
トータル2回死んだけど、2回も成仏出来なかった。
『辛かったんだよね。』
ー違う。別にそんなこと言って欲しかったわけじゃない。
『でも何か、わかっちゃうんだよね。』
ーわかるわけがない。
『後悔してるよね。』
ーしてない。
『いや、してる。』
桜良は思わず、ムキになって叫んだ。
『うるさい!!お前なんかには、何もわからない!!!』
頭上から降るように聴こえるその”声”の主は、フフと笑って、こう続けた。
『やっぱり、そう言うとこ、そっくり。』




