153:時空の旅人(ヴォイド)
勇生は息を切らしながら化け物のすぐ側を走っていた。時空の旅人は、自分の体毛を踏みながら走る小さな人間に苛立ち、その存在を掻き消そうと気配を追い身体を捻り、体表面の熱気をより一層強くする。
ー息が出来ない。苦しさに喘ぐ勇生の元に、束の間、涼しい風が吹き抜ける。
『そよ風よ!』
ーハァ、ハァ。
僅かな間だが呼吸が出来、足をもつれさせながらも勇生は走る。
ーそうだ、こっちだ。こっちを見ろ。ハァ、もう駄目だ。一旦遠くへ待避したい。でも無駄な動きで作戦を台無しにしたくない。
走っているその上方ではメルルが汗を滴らせながら化け物の身体を登っている。
ーあと少し。あと少しだ。堪えるんだ。メルルがあんなに危険な役をやっているんだから。
メルル達と逆側の、国王達と時空の旅人との間にはおばばが走っている。
『ーハァ、ゼェ、ゼェ。ったく、この老体をどれだけ走らせるんだ。』
おばばは絶えず愚痴をこぼしながらも、勇生よりも素早い身のこなしで時空の旅人の背中を走り抜け、突然ピタリと立ち止まった
ーふむ、ここら辺まで来ればいいか。上手い具合に化け物が後ろを向いている。
『・・・思ったよりも上手くやるじゃないか、あの小僧。』
そう呟くと、手に握りしめた黒い胡麻のような粒を放ち、再びあの呪文を唱える。
『千年樹よ!!!』
・・・1日の内に、3つもコレを使うことになろうとは。
おばばは、メキメキと生える樹の芽を見て少々名残惜しそうにしながらも、ニヤリと笑ってその樹を見上げた。
千年樹は、その名の通り千年でも使える高級木材となる樹だ。呪文による変形も容易でおばば自身の家にも使っているが、入手も困難な貴重な樹の種なのだ。
あっという間に、樹はおばばと化け物の間に壁を作り腕を拡げるように上へ横へ伸びて行く。
ーさて。コレでどうか・・・。
おばばは背後の国王達を気にしながら、向こう側の動きをそっと伺った。
ーーー
『ふん。面白くも無い戦いになったな。』
国王は、つまらなそうに3人の動きを見て呟いた。
防戦一方から、少し攻撃に回ったかと思えば一度見たような技だ。ーしかし、どうも気になるのはあの女王か。もう少し違ったものが見られるとおもったが・・・?
魔力だけは恵まれていたようだったが、器を変えても、使えない女だったということか。
『ーフン。』
また増えた大木のせいで視界を塞がれ、興醒めして化け物との戦いから目を背けると、背後では母子がこれもまた詰まらない口論を続けている。
『ー手を、離さないなら今後一生かけて恨み続ける。』
そう言いエレーヌを睨む美少年に対し、エレーヌは血管が浮かぶ程の力を込めたまま少年の腕を握って離さない。
『どうとでもいいな。アンタは死なせない。』
ー母子のやり取りなど、詰まらないにも程がある。しかし美少年の”器”に多少興味はあるし、エレーヌを今後も服従させるのには、まだこちらは使えそうだ。
ブルーセスが僅かに口元を緩めた瞬間、母に押さえ付けられたまま少年が叫んだ。
『・・・っ!!千の水よ!!!』
見ると、いつの間にか引き絞っていた少年の弓矢の先から、幾筋もの水の鞭が自分に向かって来ている。
しかし、これもまたどうということもない。
エレーヌがブルーセスとの間に更に光の壁を作り、水の鞭はただ壁にぶつかりビシャリと音を立てながら弾け飛んだ。
ー余興にはなるか。
ブルーセスは満足気にエレーヌをちらりと見てその異変に気が付いた。
エレーヌがブルーセスとの間に、重ねて幾重にも壁を作り、少年をまた抱き止めている。
ーその違和感はどこから来たのか。
ー何がおかしい?いや、まさか。
疑念の表情を浮かべブルーセスはエレーヌを凝視する。
『ー雷光剣!!!』
その嫌な予感を助長するように、誰かが呪文を叫ぶのが聞こえ、同時に金属が折れたような嫌な高音が鳴り響く。
ーーガ、キイイイイ・・・・ン!!!
ブルーセスは、危険な気配を感じて咄嗟に振り返った。そして、瞬時に起きてしまった事態を察した。
ー”恐怖”とはこのことか。
驚愕するブルーセスが見たものは、大木の後ろから今まさに飛び立ち、怒りを顕にこちらへと突き進む時空の旅人の姿だった。
ーーー
また間が空いてしまいました。
vsブルーセス編、長くなりすぎたので半端なところですがタイトルを変えています。
前話も微修正しています。




