150:vs碧の国王ブルーセス8
何故わかったのか不思議だが、突然、パズルのピースがピタリとはまったように”その人”のことを思い出したのだ。
ーお姉さん。
メルルが呟いたと同時に、明らかに女王は動揺した。
ピタリと身体の隅々までが静止して、信じられない程の静寂が心中に訪れた。
ーそうか、ヒトって本当に驚いたら、考えることも出来ないんだ。
メルルは妙に納得しながら、僅かな合間に今の状況を整理してみる。反応からして、女王の正体は間違い無い。女王は勇生の”姉”なのだ。以前勇生から聞いたその記憶から直感で辿り着いた答えだったが、これで確信出来た。
ー良かった。
メルルはそっと、無い胸を撫で下ろすように安堵のため息を付く。
ーもしも、女王が、あの学校の誰かだったとしたら、最悪だった。そうでないというだけで、気分はだいぶ良い。この身体の無い状態とはいえ、だ。
ーしかしこの戦っている相手は何者なのだろう。メルルは改めて女王の視界から敵を観察してみる。
ー時空の旅人と、そんな呼び名が聞こえた。時空を超えられる存在、ということか。召喚するように、別のモノを呼ぶ類の呪術もあるということか。ゲームじゃあるまいし、召喚獣が存在したとして、ソレを支配し”操る”ことなんて?
そこまで考えて、メルルは女王の意識が、少しの時間を経てザワザワとまた動き出したのに気づいた。気分の問題かもしれないが、女王が動かず黙っている時の方が思考や感覚が冴える気がする。
ーもう一度。
メルルは、胸の内で密かに考える。
ーもう一度、この身体を支配することは可能だろうか?
ー表と裏を入れ替えるように。一つの身体に入った2つの魂の、支配権を入れ替えるのだ。
ーそれを”望む”ということは、つまり・・・。
『違う!!!!!』
そこで女王が、不穏なメルルの思考を妨げるように突然金切り声を上げ、メルルはギクリとして考えるのを止めた。
ー勇生と姉弟であることを認めたくない、どうやら女王にはそういった気持ちがあるようだ。それならそれで良い。自分の正体も探られずに済む。
メルルは女王の反応に少し違和感を覚えながらも、戦況を視る方に力を注ぐ。
はっきり言って状況は不利だ。おばばと勇生、そして女王の攻撃を持ってしても”敵”には防戦一方なのだから。
『チッ邪魔だ。』
女王は、そう呟きながら咄嗟にその場を飛び退いた。
何が邪魔かというと、付近でちょこまかとサポートしてくる勇生の存在が邪魔なのだ。
風量で防げるのは熱の刃のみ。どうやらアレには毒や雷が思ったように効かない。今の段階ではそれしかわからない。無闇な攻撃はアレを怒らせるだけで意味が無い。
勇生はというと、メルルの器に入った桜良に気付く様子も無く、無頓着に防戦を続けているように見える。その側へ時折現れる背の曲がった老女も、だ。
ー逃げ続けていると、当然だが、疲れる。
今の桜良は、逃げながら勇生にまで気を張っているのだ。近付かれ無いよう、助けられないよう距離を開けたまま、敵の攻撃を躱している。それだけで息は上がり、服は千切れ、傷がヒリヒリと焼け、策を練る暇も無い。
未知の魔物を前に、まるで勝てる算段も無い。疲弊し桜良は朦朧としていた。
ー変わってよ。
誰かが囁いた気がしたが、それどころではない。
時空の旅人は、王国に囚われてからの長き孤独と苦しみを濁った瞳に湛えたまま、滅する対象である人間達がそこにまだ立っているのを見て、ひび割れた楽器のような音で、長く吼えた。
『終末の宴』
ー言葉は無いのに、その場にいる全員の耳に、その声は確かにそう聞こえた。
”人間は、生物は、必ず終わりを迎えることが決まっている”
それを示すかのような、時空の旅人の声に桜良は動けなくなり揺れ続ける床の上で立ち竦んだ。
ー変わってよ。
もう一度、頭の中で今度ははっきりと、声が聞こえた。
あの女か。桜良は気付いて卑屈に笑う。
ーお前に何が出来る。お前がやったところで、何も変わらない。
ーふざけんな。
メルルの声の調子がそこでガラリと変わり、桜良はビクッとして黙った。
ー全力で戦わないなら変わってよ。死にたいんなら、”僕”と変わってよ。
メルルの声は切迫し震えている。
ー引き籠りたいなら、変わってよ。
ーそんなにすぐ諦めて、手放すくらいなら、僕に、この身体は、この身体だけは、
ー返してくれよ!!!!
メルルの悲痛な叫び声は徐々に大きくなり、最後には信じられない程の音量でガンガンと響いた。桜良は耳を押さえ、その場に崩れるように倒れ込んだ。
ーーー
更新、伸びがち(漢字違う?)ですみません。




