15:樹の家
部屋の中には、木で造られた簡素なテーブルと椅子、ベッド、それにドアが4つあった。そのベッドに勇生を寝かせると少年はメルルに椅子に座るように言い、一つのドアを開けてどこかへ行ってしまった。残されたメルルの向かいには、おばばがぼやきながら腰掛ける。
・・・気まずい。
メルルは出来るだけ自然に立ち上がり、勇生が眠るベッドの元へそろそろと移動した。先程までと変わらず勇生は息をしているが、起きる様子は無い。メルルはため息をついた。
『その小僧は・・・お前達は、他所の世界のもんか。』
ベッドを見下ろしたメルルの背後から、突然おばばが喋りかけた。
ー他所の世界?
メルルが驚き振り返ると、老婆はその皺の刻まれた鋭い目を細め、2人をじっと見ていた。着ていたマントはいつの間にか脱いで、皺だらけの細い手がテーブルの上で組まれている。その手に顎を乗せるようにしておばばは、長く息を吐きながらゆっくりと喋った。
『どうりで。おかしな魔力の使い方をしておる。』
ー他所の世界。魔力。メルルは頭の中で繰り返した。当たり前のように喋っているが、ここはやはりどこか別の世界ということか。魔力。・・・・魔法?
『ココでは、魔法が使えるの?』
思わずそう聞いてしまいメルルはしまったという顔になった。なんという幼稚な質問。おばばはフン、と鼻息を荒くしメルルを一瞥した。
『魔力だ。その小僧には力の制御を教えてやった方がいいかもしれん。・・・ただしお前には教えん。』
何故だろう。何故初対面でこんなに嫌われるのだ。メルルは戸惑ったが、ある意味慣れていたせいで長く悩むことはなかった。それよりも魔法。いや魔力か。どちらにしても何てワクワクする響きだろう。
『お喋りしてる。よかった。』
そこへラウルが戻ってきた。不機嫌な顔のおばばと楽しそうなメルルを交互に見て不思議そうに首を傾げたあと、申し訳無さそうな顔でメルルに謝る。
『ゴメンね、いい薬草が部屋にあると思ったんだけど、・・・ちょうど切らしてて。』
家に運んでくれただけでも有り難いのに、ラウルに頭を下げられてメルルは急いで首を振った。
『ううん、ありがとう。』
『あの・・・ここでは言いにくいんだけど。』
ラウルはちら、とおばばの方を見ながらメルルに小声で話しかける。
『僕には行かせてくれないんだけど・・・薬草が生えてる場所が近くにあるんだ。君が採って来てくれるなら、回復薬を作ってあげられるんだけど。』
『え??』
メルルは間近でラウルの顔を見て、慌ててまた目を逸らす。ドキドキしてうまく喋れない。急いで首を縦に振り、メルルは答えた。
『ワ、ワタシに出来ることがあるなら、やりたい。場所教えて。』
ラウルはメルルと目を合わせてニコっと微笑み、メルルの手を握ってまた先程と別のドアを開けた。
『どこへ行く気じゃ。』
おばばがすかさず問いかけるが、ラウルは軽く笑って流す。
『水浴び、してきたいんだって彼女。ーあ!そうだ名前は?』
メルルは変に思われないよう、出来るだけ自然にその名を答えた。
『メルル。ーいろいろとありがとう。』
『メルルか。いいね。』
ラウルは笑い、もう一度おばばを振り返って言った。
『メルルに安全な泉の場所を教えてくる。』
おばばは渋い顔をしていたが椅子から立ち上がることはせず、もう一度、大きく鼻を鳴らして横を向いた。
『そうかい。勝手にしな。』
ラウルが開けたドアの向こうはいきなり”樹”の外になっていて、木漏れ日が差し始めたその森にまたメルルは一歩、足を踏み出した―。
ラウルとメルル・・・ちょっとややこしい名前になってしまいました。