145:vs碧の国王ブルーセス3
ほんの一瞬前のことだが、おばばは勇生に黒胡麻を渡して念を押すように言った。
『いいか、”隙”を作るな。向こうへ着いたら直ぐにコレを放て。』
ー大体おぬしは、集中が足りん。常に気を張り巡らせ警戒をせんから厄介なことになる。と、ついでに一言付け足して、おばばは勇生をじろりと睨んだ。
言われたばかりなのだから、勿論その言葉は覚えている。
でも、この状況はー?
振り返るまでも無く、背後に危険が迫っているのが理解る。勝手に全身の毛が逆立つような、恐怖を感じさせる何か。その気配から誰がそれを放ったのかも想像が付く。ならば逃げの一択。
・・・普通なら。
しかし手の中の黒胡麻が、勇生を躊躇させこの場に留めている。ータイミングを逃せば機会は二度と巡ってこないんじゃないか?
おばばは”コレ”をすぐ放てと言っていた。
前には暗黒の穴。後ろからは猛烈な威力の暴風。手の中には黒胡麻。
そしてまた、暗黒穴から魔力の塊が溢れ出す。
ー勇生は、ひと呼吸おいて、叫んだ。
『クソ、んなの知るか!!!!』
どうなってもいい。まずは手の中の”胡麻”からだ。勇生は半ばヤケで叫びながら小さな黒い粒を放った。
『ほらよ!!!!』
途端に、背後からの暴風が勇生の足を掬った。
ー遅かったか。
宙に浮いた身体を、床や天井の細かな破片が抉り、風はまるで人形のように勇生の手足をおかしな方向へねじ曲げる。
1歩先には暗黒穴もあるのだ。
「あー、終わった。」
その瞬間、ただその言葉だけが頭を過ぎった。
たったの10数年。俺の人生。
最後の感覚は、”痛み”だけだった。それも、激痛。地獄ってこれ?こんなことならー・・・。
『・・・・!!!』
掠れて聞き取れなかったが、おばばが何か叫んだ。
途端に、身体がグン、と固定され急に上昇を始めた。
ー何だ?
勇生は朦朧としながら身体の下を確かめる。目にも止まらぬ速さで勇生の身体を上昇させているものの正体は、力強い巨大な樹木だった。それも、今まさに成長し、グングンと床から上へ横へと伸びている。
枝の隙間から下を覗けば、先程の暴風に削がれたらしい太い幹の、周囲からも芽が生え枝が伸び、抉られた箇所は見る見る修復されていく。突如現れた大木は暗黒穴を瞬く間に覆い尽くし、閉じ込めるように部屋の中央へそびえ立ったのだ。
『おばば・・・。』
勇生は驚いて樹上から下を見下ろした。まさかあの、黒い”粒”がこうなったのか?眼下のおばばはゆっくりとこちらを見上げ、ニヤリと笑うー・・かと思いきや、おばばはもう一度、嗄れた声で勇生に向かって叫んだ。
『油断するな、阿呆!!!』
そうだ。勇生はその瞬間、おばばが滑るように何か黒い影のようなものを避けたのを見て、慌ててブルーセスの姿を探した。
早く、あっちを片付けないと。
ー片付ける?
『君も、主に背く気か?』
幾つもの枝に支えられるようにして樹上に立った勇生は、突然耳元に聞こえたブルーセスの声にギョッとして横を向いた。
ー違う。誰もいない。
束の間ホッとした勇生の耳にまたブルーセスの声が響く。
『全く。諦めの悪さは頭の悪さか。』
どこにいる?勇生はまた逆の方へ視線を向けるがブルーセスの姿どころか気配も確認出来ない。
『哀れな子供だ。』
くそ。声に惑わされているのは自分でも理解っているが、苛々する。勇生は無理やり目を閉じ、ブルーセスの声を無視するように、黙ってゆっくりと深呼吸を始めた。
一、二、
『まぁ良い。おかげで新しい”玩具”が出来た。』
三、四、
『お前の方は、昨日戦死でよかったんだが。』
五、六・・・。
『影武者。』
ブルーセスが新たな呪文を唱えると同時に、勇生は目を見開いた。
『・・・視えた。』




