141:共通の敵
効果音が聞こえたとしたら、わなわな、というのが1番近いだろうか。美しい顔を不自然に歪め、言いようのない声を漏らしながら少女は勇生を見下ろしていた。
『メ、メルル・・・?』
勇生は戸惑いながらその名を呼んだが、美少女は聞こえていないかのように独り言を呟いている。
『違う、っていってんだろ、ああもう五月蝿い。わからないんだよ!』
何が起きているのかわからないが、混乱しているのは間違い無い。勇生はもう一度、はっきりとメルルを呼んだ。
『メルル!』
立ち上がって喋っているし、見た目には”生き還った”ように見える。蘇生の影響で混乱しているのだろうか?
しかし、メルルは苦しそうに頭を押さえたまま、大きな瞳で勇生をキッと睨んだ。
『五月蝿い。メルルじゃないから。』
ーえ?
勇生はその答えに驚き、また戸惑う。
ーメルルじゃない?
というその声だって、メルルなのに?
どこからどう見てもメルルなのに。いや、でも記憶が無くなっているのかもしれない。そもそも勇生に向けて攻撃してきたのもおかしい。
ー混乱しているメルルに俺は、何をしたらいいー?
勇生は悩んだが答えなど出るはずもない。迷うと今度はヨザのことが頭をよぎり、胸が締め付けられる。
『ヨザ・・・。』
ぽつりと呟く横で、別の誰かが揉めているのが聞こえた。
『何で止めるのさ!!!』
『お前いつから飛べるようになった!?落ちて死ぬだけだろうが!!』
横目で見ると、ラウルとあの女だ。
どうやら、ヨザを助けに行こうとするラウルを女が引き留めているようだ。
『あの老いぼれを追って死ぬ気か!!?』
『大体どうして、何でここにいる!!?』
女は声を荒げ叫ぶ。勇生は黙ってやり取りを聞きながら、苛立っていた。
ーヨザを、老いぼれ呼ばわりすんじゃねぇ。
ークソ女。毒親が、親面して口出しするな。今までのこと、何も知らないくせに。
『・・・”外島”で、何があったかも知らないくせに。』
小さな声で呟くと途端に、メルルやバディスの死が鮮明に押し寄せ、その記憶に飲み込まれそうになり勇生は思わず呻いた。
前に立つメルルは相変わらず、ブツブツと独り言を呟いて勇生の方を見ようともしない。
ヨザは、勇生を助けようとして下へ落ちた。しかし飛べる状態ならば、もう姿を現すはずだ。ひょっこりと、あの骨ばった指で頭を掻きながら。
ーでも、まだ戻らない。何故?
知りたくない。もう一度下を見るのが怖い。
こういう気持ちが”絶望”というのだろうか?不思議とこの感覚は以前から知っている気もする。
勇生は、暗く影の差す瞳でぼんやりと前に立った人物を見上げた。
長身の男は、数歩先で満足気に勇生のことを見つめていた。
『良い表情だ。』
何と言われても、どこにも響かない。
『・・・邪魔は入ったがまぁまぁ、良い出来だな。』
ブルーセスは、そう呟くとゆっくりと隣の美少女の方を見た。
『違う、アイツを狙ったわけじゃない、知り合いでもないし、私が殺したいのは、本当に国王なんだよ!!』
美少女は耳を塞ぎながら叫び、ハッとしたように隣に立つ国王を見た。
その瞳が見開かれ、先程叫び声を上げた唇がゆっくりと形を変え、表情はすぐに驚愕から怒りへと移り変わる。
その表情を見ながら、勇生はまだ違和感を拭えずにいた。
あのメルルの中に、こんな表情があったと思えないのだ。
・・・まるで別の人になったみたいだ。
その考えに辿り着いて、勇生はゾッとした。
いや、そんなことがあっていいワケが無い。しかし目の前の国王はメルルをただ蘇生したわけでは無さそうだ。
勇生は黙って国王と、国王に対峙したメルルを見つめた。
怒りを滾らせたメルルが、恨みを込めたどす黒い魔力を解き放つ。
『漆黒の嵐よ!!!』
もはや、メルルの技にすら見えない。
ーじゃあ、一体あれは誰だ?
国王は、メルルの攻撃を読んでいたかのように突き進む嵐を軽く躱し、余裕の表情を崩さない。
ー国王は、”何を”した?
勇生は、黒い嵐がうねりながら方向を変えるのをただじっと見ていた。
『ッがう!!!』
メルルが片手を突き出したまま、鬼の形相で叫ぶ。
ーあぁ、うん。でもやっぱり、メルルは綺麗なんだ。
綺麗な顔は、怒るのも様になるんだな。
現実逃避か、呑気な感想を覚えながら勇生は嵐が向かって来るのを待っていた。
ーこれなら即死か。
目の前の嵐は確実に勇生の命を奪うだろう。
いっそ、そうなった方が、楽かもしれない。
なんて。
激しい風を避けるため、瞬時に身を低く屈め、勇生は薄く片目を開けた。油断すれば身体が引き剥がされそうな程の風量だが、中心以外はまだ力が弱いようだ。
嵐の向こうでメルルが怒りを募らせているのがわかる。コレはメルルの意思では無いのだ、多分。
ーそっか、そっか。うん。そうだ。
勇生は、どう辿り着いたのか考えがまとまったように一つ頷き、嵐が止むのを待った。
黒く渦巻いていた風が止むと、はっきりと向こうに立つメルルの姿が見える。
怒りで頬は上気し、瞳は潤んで、確かな生命力を漲らせたその姿を見て、どこか吹っ切れたように勇生は口の片端を上げ笑った。
ーメルルが、そこに立っている。
それだけは、まだ残されているのだ。
ーその時、また新たな人物が扉の向こうからやって来た。
ーーー
更新遅くなりました・・!なんとか1話。




