135:突入
分厚い扉の向こうは、ブルーセスの自室だ。普段その扉は重く閉ざされ誰かが出入りするのは見たことが無い。
勇生は扉を背に座り込み、その隣に黙ってラウルが座った。2人の前には落ち着かない様子のヨザが立って、扉の向こうを覗き見るように時折チラチラと顔を動かしている。
『この扉、頑丈そう。何で出来てるんだろう?』
不意にラウルが呟き、勇生も言われたまま背後の扉について考えてみる。
『魔力網・・・みたいな、魔力を封じるやつとか。』
そう考えたのは、”中”の魔力が全く感じ取れ無いからだ。勇生の言葉にラウルも頷き、そっと扉を触る。
『うん、そうかもね、でも魔石も施されてるから封じる以外の魔力も与えられてる。』
考えてみれば、随分厳重な扉だ。国の主の部屋なのだから、当然か?
『ヨザは、この中を見たことがあるの?』
ラウルが今度はヨザに尋ねた。ヨザは狼狽えるような仕草を見せ、ラウルの方を向くと曖昧に頷き扉の方を見た。
『いや、まぁ中は見たことねぇんだが。』
見たことは無いが、決して中を見てはいけないということは、わかっている。
・・・しかし、困った。
『ヨザ?』
勇生の不思議そうな声にビクッとしてヨザは表情を硬くする。
・・・駄目だ。何を恐れている?
ぎこちなく顔を下げると、こちらを見上げる勇生と目が合う。
”メルルを、生き返らせたい”
その想いのこもった眼差しは直視出来ない程に真っ直ぐで、ヨザはすぐに目を背けた。・・・、もしその願いが叶わなければ、彼はどうなる?
駄目だ。このままでは。
ヨザは覚悟を決めたように拳を握りしめると、静かに、またそれを開いた。
勇生とラウルが、前に出されたその拳を見て驚いて声を上げる。
『アレ?!』
『それ・・・!』
ヨザの拳に握られたままになっていたのは、宿舎でも見たメルルの心臓だった。
『え?それ持ってていいの??』
ラウルがポカンと口を開けたまま、ヨザに尋ねる。勇生はまだ状況が飲み込めていないのか、ヨザの手に乗る心臓を凝視している。
『すまねえ。俺も流れに飲まれて、今しがた気付いたんだがな。』
ヨザは申し訳無さそうに口早に喋った後、困惑した様子の2人を見て、覚悟を決めたように呟いた。
『とにかく、ちょっくらコレを渡して、”話”をして来なきゃな。』
心臓は要の部分だ。魂の宿る場所。無駄に数分考えたがコレ無しでメルルが還るわけがないのだ。
あの国王が、やけにすんなりとメルルを引き取ったと思ったが・・・。
ヨザの言葉を聞いて、勇生とラウルもおもむろに立ち上がる。
『え、つまり、メルルが蘇生出来ないのに連れていかれた、ってことだよね?』
ラウルが呟く声を、声を荒げ勇生がかき消す。
『騙したのか!?』
ヨザは慌てて首を振り、否定しながらぼやく。
『国王が蘇生の研究をしているという話を聞いた。まさか心臓無しで蘇生を試みているのか・・・王の本意はわからん。』
その答えに苛立つように、勇生は剣を振り上げ叫んだ。
『くそ・・・っ何なんだよ!!稲妻剣!!!!』
扉に突き刺した剣から青白い閃光が放たれたが、光は扉を貫かず瞬く間にその表面を走り、散り散りに魔力が散っていくのが見えた。
『ユウキ。』
更に苛立つ勇生に、ラウルが声をかける。見るとラウルは扉でなく通路の壁面に向かって弓を引いていた。
王の自室は応接間の奥まった箇所にある。そこへ向かう短い通路以外に入り口は無い。
壁を壊してどうする?
勇生の疑問を聞く前に、ラウルもまた呪文を放っていた。
『穿つ千の水よ!!!』
青く煌めく美しい弓が引き絞られるとその先端に魔力が集まり、鞭のようにしなる水と矢が勢い良く放たれる。
ガラガラと大きな音を立て目の前の壁が打ち砕かれ、ラウルが合図した方を見るとヨザが鳥の姿に変わり、壁に空いた穴の前で羽を広げていた。
・・・そうか!
勇生も走り、ヨザの背に飛び乗る。
『お願い!!!』
ーギュルル。
ヨザは低い唸り声を上げながら、一気に穴から外へ飛び立つ。
『穿つ千の水よ!!!』
ヨザの背に乗って外へ出ると、昼の眩しさに一瞬目が眩んだ。
勇生が目を閉じた間に、ラウルの矢によって国王の部屋の外壁に穴が穿たれていた。
崩れる石壁が遥か下へ落ちていくのを薄目で見ながら、勇生は前を向いた。
砂煙か埃だかが舞って中の様子ははっきりと見えないが、塵が収まるのを待たずヨザはその中へ突っ込んで行く。
・・・メルル。メルルの身体は?
勇生は部屋に飛び込むとすぐにヨザから飛び降り、奥に横たわる人影を見つけ床を手探りしながら前へ進む。
『聖い雨よ』
ラウルの声と共に今度は天井へ矢が放たれ、細かな水滴が部屋中に降り注ぎ、舞い上がっていた塵埃を鎮めていく。
『チッ。』
と同時にわかりやすい舌打ちが聞こえ、首筋に冷たい刃先が当たり、勇生は床に這いつくばったままピタリと止まった。
刃先の向こうには、床まで垂れた白いドレス。
ーくそっ。
僅かに顔を上げると、手の届きそうな距離に横たわる影がある。
『・・・・?』
勇生は、一瞬刃が向けられているのも忘れその影を凝視した。
影に見えたものは、近づいて見ても影だった。否、影のように黒く煤けた物体だったのだ。
『え?』
呟いた瞬間、息が止まる程腹を蹴り上げられ、勇生の身体は宙に舞っていた。
『ゴボッ。』
咳き込もうとしたが、喉が詰まって上手く息が吐けない。
・・・あれは?
視界がまた霞んで行く中で、急激に成長する闇の魔力を感じ勇生は咄嗟に身を翻した。爆発しそうな程密度の濃い瘴気だ。まるで地獄の扉を開けたような。中心に立っているのは恐らくブルーセスなのだろう。
・・・地獄、かあれは?
かろうじて着地の姿勢を取ったものの、勇生は打ち付けられるようにして床に転がった。
『ゴボッ、ゴハッ。』
咳と共に血反吐が出たが、両手を付き何とか体を起こす。
”影”が2つある。
床に寝かされた2つの影。
その2つを包み込むように、集まり形を成した巨大な闇が覆い被さる。
メルルが・・・!アレを、止めないと!!
勇生はもう一度握り直した剣を、大きく振りかぶった。
ーと、その時ヨザが割って入るように叫んだ。
『いかん!!このままでは・・・!!!』
ヨザは叫びながら、手にメルルの心臓を掲げ、黒い影に向かって飛び込んで行く。
『嬢ちゃん!!!』
中央に立つブルーセスは、ヨザなど気付いていないかのように一心不乱に呪文を唱え続け、2つを包む闇の影が部屋を埋め尽くす程の勢いで膨れあがる。
その中、メルルのものであろう白い足の元へ辿り付いたヨザが、メルルの身体に心臓を捧げるようにして倒れた。
『ヨザ・・・!!!』
勇生もまた、無我夢中でメルルとヨザに飛び付く。
『メルル・・・!!!』
闇の中では激しい耳鳴りがして、勇生の元を不気味な影が幾つも横切り、腕や背中を掠めて飛んで行った。
ギャアアアアア・・・・。
どこかで聞いたような、気味の悪い声。悲しく、心底絶望し、怒りに満ちた誰かの声。
あれ、俺は確かにこの声を、どこかで聞いたような?
ー頭の片隅ではやけに冷静に記憶を辿りながら、勇生はヨザに覆いかぶさったまま、いつしか気を失っていた。




