130:心臓
どういう表情が正解かわからない。
勇生は、自分の感情を探して戸惑っていた。先程のセルビオの言葉を聞いた途端、何故か胸が苦しくなった。しかし、これが悲しみという類のものかどうかもわからない。少なくともメルルの死を前に抱いた感情とは違っている。
『ユウキ・・・女王って?』
ラウルが勇生に尋ねようとしたが、勇生の顔を見ると、何かを察したように黙った。
驚き、怒り、そして落胆。
中でも苛立ちが、勇生の内にふつふつと沸くように膨れ上がっている。
ラウルと共にメルルの身体をベッドに横たえると、勇生は何も言わずベッドに横になりシーツに顔をうずめた。
苦しくて、何も考えられない。
足の裏が今更、焼け付くように熱くなりまるでそこだけに神経が通っているようだ。
しばらくしてセルビオが勇生を呼びに部屋へ来たが、勇生は微動だにせず、その姿を見てセルビオは黙ってまた去った。
観る気など無い。
見たいわけなんかない。なのにそのことが頭から消えないし、身体までおかしい。
ー痛い。苦しい。何だコレは?
セルビオが去り、ずっと突っ伏していると今度は更に、強烈な痛みが勇生を襲った。
身体中、中でも足裏の傷が酷く痛む。
ー何だ、コレ。
その痛みが訴えるものは解っているのだ。しかし認めたく無い。解りたくもない。
ー繋がりなんて求めていない。
ー熱い。痛い。苦しい。
燃えるように身体が熱い。余りの辛さに勇生は涙を滲ませながら、悶える。
桜良の処刑が行われているのか。火あぶりにでもされているのだろうか。
これは、桜良の痛みか?
だとして、何故。何故俺に?
こんな繋がりは、望んでいない。何故こんな、苦しいことばかりが。
勇生は悶えながら、神を憎んだ。
ー痛みや憎しみだけ生む繋がりならば、なければよかったのに。
終われ・・・早く。
くそ!!!!
『勇者よ。』
ヨザの声にハッとして勇生はようやく、自分が部屋のドア前でのたうち回っていたことに気付いた。
『あ、ご、ごめん。』
勇生はぎこちなく椅子に腰掛けながら、ヨザに頭を下げた。その勇生を見て、ヨザは小さなため息をつく。
『謝らねぇといけねえのはこっちだ。全く。』
『全く不甲斐ねえ。』
何度も何度もヨザは後悔の言葉を口にして、勇生は床を見つめたままその言葉を聞いていた。
正直、痛みと動揺で話はうわの空だ。
しかし、果たしてヨザの魔力なのか、それとも全てが終わったからなのか、先程から少し痛みが和らいでいる気がする。
『もっと早ければ全部取り戻せたのに。』
ヨザは呟く。
ーそうだ。もっと早く来てくれていたら、メルルが死ぬことはなかった。もっと早ければ。
『悔しいが、コレで精一杯だった。』
ヨザは、憔悴し苛立った勇生の前に手を差し出した。その皺だらけで枝のような手の平に、何かが握られていた。
『ーだがコレがあれば、嬢ちゃんの蘇生が、可能かもしれん。』
驚く勇生の目の前で、ヨザは焦げ茶色のぶよぶよとした肉塊を見せた。
『コレは・・・?』
勇生は、僅かな期待を目に宿らせて、ヨザを見た。
『あの男から、奪い返した嬢ちゃんの心臓の一部だ。』
ヨザは勇生の瞳を、真っ直ぐに見返しながら話を続けた。
勇生はいつの間にか痛みを忘れ、ヨザの話を聞いていた。
ー要は、こうだ。黒魔術と呼ばれる禁忌魔術の中に、蘇生のような術があり”碧の国王”ならばその魔術を知っているだろう、と。知っているどころか使える可能性もある、と。
だが、頼んでも教えてなどくれない。
ヨザがソレを言う前に、勇生はひとつ頷き、立ち上がった。
『わかった。・・・やろう。』




