13:戦い
評価も嬉しいです。ありがとうございます。
先にその気配に気づいたのは、メルルだった。昨夜の内に準備していた大きな葉に魚を包み、それをいそいそと鞄に詰める間に、沢に沿うように下りてきた白い靄が一気に辺りに満ちて最早数メートル先も見えなくなっている。
ー何か(・・)が、近づいてきている。
メルルはその気配にビクッと肩を震わせ、靄の中に目を凝らしたが何の輪郭も定まらず相手の正体は全く見えない。
わかったことは、靄の揺れる方向が様々であり、恐らく相手が”複数”であるということだけだった。
気配の方へ注意を向けながら、ちょんと勇生の背中を突くと勇生はそれで何かに気付いたようで、背中に緊張を滲ませ黙ったままブーツを履きナイフを手に握った。
‥‥数が、多い。
ここは、不利な場所だった。背には崖。前に水。前を囲まれては逃げる場所が無い。
ズル、ズル、、と何か這うような音が聞こえだした。
メルルは上を見た。‥上なら。いけるだろうか。樹の根が張りだして小さな屋根の様になったその上へは、無理すれば登れなくは無さそうだった。‥いや、ボルダリングの選手じゃあるまいし。
直ぐに諦めかけたが勇生もまた上を見て何か考えるようにしている。
そうか。彼なら行けるかも。
メルルは考えた。
勇生は、決して大柄でもスポーツマンでも無いがしなやかそうで身軽な体躯をしている。
彼なら逃げられる。
勇生が逃げた後、自分はどうなるのだろう。
メルルは想像し自嘲した。
集団リンチかな。‥リンチで済めばいいけど。ミンチの線もあり得る。
そのメルルの体が突如フワリと持ち上がる。
驚きバランスを崩したメルルを、かろうじて肩に担いで勇生は言った。
『登れ。早く。』
その有無を言わさない口調に圧され、メルルは必死で上半身を伸ばし、土から出た根を掴み足を上げる。無我夢中で土を掻く。
何度も足が滑り落ちそうになったが、体も軽いお陰かメルルの手は何とか魔物が来る前にその上の地面へと届いた。
荒い呼吸になりながら地面の下を覗くと、霞んだ視界の端に魔物の影が映った。
ー1‥2‥3‥、
メルルはその数を数える。
7匹。その魔物は、人の姿はしていなかった。
ージジ‥。ビリビリ‥。
何か、小さく空気を震わせる音がして段々と靄が晴れていく。
靄の中から姿を現した魔物を勇生は目の前で見た。メルルの後から直ぐに上に登ろうと思ったのだがそれはどうやら間に合わなかった。
その魔物は、大きな蜥蜴のような姿だった。
大きく開いた目に細い瞳孔。腹をズルズルとひきずって沢から一匹、また一匹と上がってくる。
その体は鰐のような硬い皮膚に覆われ、尻尾は長く先は尖って鋭利に見える。ナイフも刃が立ちそうにない。
その大蜥蜴が、全部で7匹。勇生を取り囲むようにして並んでいた。
『蜥蜴かよ‥。』
勇生はナイフを握りしめ呟く。一匹を仕留めたとして、残り6匹もいる。
蜥蜴は、集団で狩りをすることを得意としていた。その活動時間である早朝に絶好の獲物が現れたのである。
舌をチョロチョロと出しながら蜥蜴は獲物を追い詰める。勇生にはもう逃げる隙は残されていなかった。
そのうち、斥候である一匹がその首を狙って飛びかかる。
しかし、勇生はその一匹を躱した。それどころか、その飛びかかる瞬間見えた白い腹に、ナイフを突き立てたのである。自分でも驚いたが、必死になれば動けるものらしい。
『死ね!!!!』
ナイフからは瞬間眩い光が出て、大蜥蜴は微動だに出来ず仰向けに倒れた。しかしナイフを抜く暇も無く、第二の蜥蜴が襲いかかってくる。
勇生は咄嗟に腕を出し頭を庇った。
その腕に今まで味わったことの無い、鋭い痛みが走る。痛いというよりも熱く、一瞬、頭が麻痺する。
ー何だコレ。
勇生は死に物狂いでナイフを抜き、腕に食らいついた二匹目の頬を刺す。
『グェエエ!!!!』
大蜥蜴は低い声を出しその口を緩める。その隙に腕を引き抜きようやく勇生は上からメルルが何か身振りしているのに気付いた。
地面を指し、そこに手を突き出すようにしてメルルが叫ぶ。
『ナイフを!!地面に刺してみて!!』
メルルは戦いを凝視していた。助けなくては。助けて貰ったのだ。その想いでチャンスを見出そうと戦いを見ていて、気付いたのである。
ーそもそも昨日気付くべきだった。
あの力は。勇生のあのナイフからは電撃が出ている。手からかナイフからは正確にわからないが、雷なのだ。
田中は雷が好きで雷のことには詳しかった。
『ナイフを地面に!!今すぐ!!』
勇生は何故と問う暇もなく言われた通りナイフを地面に突き立て、叫んだ。
『クソぉーーー!!!!』
その瞬間、ナイフはまた輝いた。
今までよりも眩く。激しく。
ドゴォォォォォォーン‥‥!!!!
轟音を立てて地面が揺れる。
メルルのいる地面も揺れていた。
上手くいっただろうか。思わず耳を塞いだメルルはまた急いで下を見る。
そこには、倒れた勇生と、地面に並んだまま動かない魔物がいた。
誰も、動かない。
ーいけない。下に降りなくては。焦るメルルの背後から、軽快な口笛が響く。
ヒューッ。
『やるねえオ兄サン。』
メルルが驚いて振り向くと、そこにはいつから居たのか、1人の少年が立っていたー。
更新遅くなりました。
小説書くのって体力使うのか‥久しぶりに風邪を引いてしまいました。




