12:忍び寄る影
勇生が見張りをした時間はごく僅かだった。思ったよりも眠っていた時間が長かったようだ。直ぐに夜は明け、魚の焼き上がりと共にメルルも目を覚ました。
朝食に魚を食べながら、勇生はメルルとまた向かい合って座っていた。考えてみれば、誰かと朝食を食べるのは随分久しぶりだ。しかも相手は美少女だ。立てた両膝に布を掛け、まだ少し眠そうな瞼のメルルは両手で魚を掴み器用にその身を食べている。
メルルが食べ終えた魚は、絵に描いたように綺麗に頭と尻尾と骨だけにされていた。
こうしていると今までの世界に戻りたいという気も全く起きず、勇生はこの世界についてもう少し知らなくては。そんなことを考え始めた。
”世界”という言葉が合っているのかはわからない。しかし、地球の中のどこか。と考えるには違和感があった。夢としてもあまりに長い。別の世界なんだ。と考えるとしっくりと来た。
メルルも、別の世界から来たのだろうか。ふとそう思ったが、自分のことも話していないのだ。聞かなくていい。
それよりもまずは、この世界で生き伸びよう。
勇生は、珍しく前向きに考えた。
帰る家が無い。家族がいない。その今が楽だった。家を出たいなんて、思ったことは無かったのに。
『ココには水も食糧もあるけど・・。』
勇生が突然話し始めると、メルルが魚を食べる手を止め、勇生を見る。
『森を出て、街を探してみようかと思うんだけど。』
メルルは想像してみた。街。街にはきっと大勢の人がいる。人間かもわからないその人達と、言葉は通じるのだろうか。優しく家に泊めてくれて、食事を出してくれるようなことに―?いや、知り合いもおらず話も出来るかわからず、何をするにもお金を持っていないのだ。何も持たない知らない人間に優しく出来る人がいるだろうか。いるはずがない。
『そっか・・・。』
メルルはワタシも行く、と言えずまた黙って魚を見た。魚の目は輝きを失い、濁ってこちらを見ている。
『一緒に、行かない?』
メルルが驚いて顔を上げると、魚の向こうで勇生が真っ直ぐこちらを見ていた。
『え?』
生まれてこの方、誰かにそんなこと言われたことがなかった。家族は別だ。メルルは感動して思わずうるんだ瞳で勇生を見つめる。
『魚とか、売ったり物々交換出来るかもしれないし。』
勇生は誤魔化すように言って、魚の山を見た。メルルにはそれもまた嬉しいことだった。自分が捕った魚が、お金になるかもしれない。パンになるかもしれない。何ということだろう。
『行きたい。』
先程までの暗い想像を忘れて、メルルはニッコリと首を縦に振った。勇生はホッとした顔になりお互いに背を向けそそくさと身支度を始める。
その2人は、長い間水中からじっと様子を窺っている、”何か”の気配に全く気づいていなかった。
その影は、朝靄に紛れ静かに2人に忍び寄っていた‥。
前話で捕った魚の量を少し減らしました。(持ち運べなさそうだったもので‥。)
あとロクの世界‥というアニメがあることに今更ながら気づきまして(汗)いつかタイトルを変えるかもしれません。(その時は現タイトルをサブタイトルにするつもりです)ああ調査不足‥