117:迷い
ー全ては、ほんの僅かな間の出来事だ。
『真空、放電・・・・!!!!』
先程までは、太陽に照らされ明るかった空間が膨大な魔力の影響で暗く陰り、”敵船”と”港”の間の大気が一気にこじ開けられた。
それは、まさしく異常な光景だった。
カルマンは目を細め、何者かが向こうの船上を動いたのを微かに捉えた。
この距離を超える気か?
飛ぶか飛ばすか?
所詮は無駄な足掻きだ。
しかしカルマンの予想を超える現象が起きた。
勇生が振るった剣から光が迸り、放たれた雷撃はメルルの創り出した”真空中”を真っ直ぐに敵船へと進んだのだ。
・・・”道”を作ったのか。
カルマンは瞬きした。
雷は、光の速さでそのエネルギーを伝える。
真空中にその伝播を邪魔する物質は存在しない。”道”は、その先にカルマンを捉えていた。
王国軍の隊員達が固唾を飲んで見守る中、数秒遅れて、大地を揺るがす程の轟音が轟いた。
ードゴオオオオオ・・・ン!!!!
テサは立ち尽くしてその光景を見つめた。
突然の閃光に目が眩みはっきりと視えなかったが爆発的な魔力の炸裂が起きたのだ。
何かが起きた。
船の後方で隊員達が1人、また1人と歓声を上げる。
『やっ・・・!!』
『やったのか・・・??!!』
じわじわと広がる歓声と裏腹に、はっきりと絶望に満ちた、悲痛な叫びが突然船上に響いた。
『メルル・・・!!?』
声のした方へ顔を向けると、倒れたメルルと、それを受け止めようとした勇生が、共に船の舳先から海へ落ちようとしていた。
ーーー
真空の道を創り出したと同時に、メルル自身の魔力は削ぎ取られるように見る見る減って行くのがわかった。
”僕”は悪者にはなりたくない。
だからこの決断を下したのだ。覚悟していた。
・・・でも、今だから本当のことを言おう。
やっぱり”僕”は、迷ってしまった。
魔力を注ぐほどに、柔らかだった白い手先がまた冷たくなり痺れ、神経すらも擦り減っていくようだった。
死への恐怖。
”メルル”を手放すことへの恐怖。
それらが葛藤し拮抗した挙げ句、”僕”は、選ぶ方を間違えたのだ。
勇者や英雄を目指したくせに、結局最後は中途半端な望みの方を。
嫌われたくなかったから、この姿を保持する方を。
間違いだったと思う。
魔力は半端なところで途切れた。敵を倒すまで”道”を保つことがなかった。
だけどほら。
勇生が慌てて崩れ落ちるメルルを抱き止めた。
その腕があたたかい。
やっぱり僕って、気色悪いかな。
田中は、倒れながらそっと微笑んだ。
ーごめん。
メルルを支えようとした勇生の顔には、失望の色が浮かんでいる。
勇生の腕の中で目を瞑ろうとするメルルの胸には、何かに突かれたような拳大の穴が穿たれていた。その穴から、血が溢れ出して止まらない。
メルルにも、勇生にもテサにすら視えていなかったが、その瞬間、メルルが創った”道”を逆に、カルマンに利用されたのだ。そして、勇生の”雷”は相手の魔力に押し負けた。
一緒に海へと落ちた2人を追うように、テサが船から身を乗り出す。
その上空を、突如大きな黒い影が横切った。




