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114:呼び笛

 ”始まりの森”の奥深く。


おばばの樹の家では、最近足繁く通うようになったアルマと、ラウルが2人で訓練を行っているところだった。


僅かに光が差す広間には少し乱れた呼吸と、木剣を振る音、時折打ち合い弾くような音だけが聞こえている。


 『そろそろ昼だよ。・・・おい、たまには食べていくか?』


広間へ顔を出したおばばの珍しい言葉に、アルマとラウルは驚き手を止める。

アルマはいつも朝の手伝いが終わり次第来て、おばばかラウルと稽古し昼食前には帰るのだ。


しかし、おばばが昼ご飯を作ったところは初めて見た。おまけに食べていけと。

ラウルも同じく、おばばが手料理を作ったことに驚いているようだった。


何年ぶりだろう?


まさか、毒でも・・・。


2人が半信半疑の表情で広間を出ると、食卓にヨザが腰掛けニヤニヤと2人を見ている。


ヨザはあれ以来、樹の家に棲み着いているのだ。


ラウルとしては、話し相手が増えるのは大歓迎だった。それにヨザの昔話は聞いていて飽きない。


しかし今日は何事だと、訝しげな顔で並んだ皿を見ていると突然耳をつんざくような高い音が部屋に響いた。




  ピィーーーーッ!!!!!



どこから鳴っているのか、それは誰かの金切り声にも、金属を擦り合わせる音にも聞こえる不快な音だった。



ラウルとアルマは耳を押さえ、おばばは舌打ちし、ヨザは悶絶し倒れた。



 『だ、大丈夫?!ヨザ!』



ラウルが慌ててその側に駆け寄ったが、ヨザは自分を覗き込むラウルにも気付かない様子で白目を()きピクリとも動かない。



 『ヨザ!ヨザ起きて!!』



しばらくしてようやく音が止むと、ヨザは我に返ったようにフラフラと立ち上がり、急激に憔悴した顔でラウルを見て呟いた。



 『ああくそ・・・タイミングが悪いな。呼び笛(・・・)だ。』


 『え?もしかしてさっきの音・・?』



ラウルの問いにヨザは黙って頷く。



 『勇者に渡した、”呼び笛”の音だ。』


 『・・・こんな時に残念だが、放っちゃおけねぇか・・・。』



ヨザはちらりとおばばを見て、おばばはガチャン、と音を立て器を食卓に置いた。


 『ねぇ、ヨザ行くなら僕・・・。』


僕も、と言いかけたラウルはおばばにジロリと睨まれ口をつぐんだ。


あれから毎日訓練しているとはいえ、以前のように魔力が使えない。


おばばが反対するのは明らかだった。


そのまま、黙って不貞腐れたように自分の部屋に入ったおばばの背中を見てラウルはため息を付いた。


 『そうだよなぁ・・・。』


ヨザは誰にともなく呟き、外を眺めた。


じっくり気配を探れば、海側で大きな戦いが繰り広げられているのがわかる。


嬢ちゃん(メルル)と勇者は一緒か。


ヨザは首を傾げつつその気配を視る。


何か異質(・・)なものがいるのだ。それこそ、ラウルの身に起きたような”変化”を感じさせる異質な何か。


 『危険な相手だ。』


ヨザは遠くを見たまま、もう一度呟いた。


その憎悪の籠もった低い声にラウルはビクっと肩を震わせながら、もう一度おばばの部屋を見る。


おばばの部屋のドアが再び開き、そこから現れたおばばが手にしていたものは意外なものだった。



ーーー



 メルルは笛を吹いたが、その後も、一言で言えば王国軍はやられ放題で逼迫した状況が続いていた。


軍の余力が無い中で退却に意味は無い。最早降伏をするかどうか迫られる事態だった。


明け方から始まった戦いは昼に突入し、日の光のせいで余計に敵の矢は威力を増しているように感じる。


 『先頭の敵船に、誰か(・・)立ってる。』


海の方を視たメルルはそれだけ呟き、没頭するようにその誰かに意識を集中した。


闇の力。


それだけじゃない。


光の力も併せ持つ。圧倒的な存在感。


間違い無い、アレ(・・)が敵のリーダーなのだ。


こちらが動けないことを知り、こちらの攻撃の届かない距離から無数の矢を放つ。


ああ、あんなやつ。ヨザが来れば。


・・・ヨザが来れば?


メルルはハッとして自問した。


ヨザを呼んで、回復してもらい、ヨザに乗り、格好良く敵を討つ?


そんなことを考えた自分に今更驚く。


ヨザはもう王国軍を離れているのに?


”僕”はヨザを利用しようとしている?


そんなつもりは無かったのだ。でも。


この姿を手放したくない。魔力をこれ以上使いたくない。死にたくない。でもやっぱり王国軍を裏切りたくない。


ヨザが協力してくれれば。


たった1つの解決策(きぼう)が、突然音を立て崩れていく。


ヨザはまだ来ない。


笛を吹いて何分経っただろうか。


所詮(しょせん)”僕”は、自分だけでは何も出来ないのか。


・・・本当にそう?


そうして田中(メルル)は自分の白い手の平をじっと見つめた。


頬にかかる金髪はこんな時でもふわふわと風になびき、小さな手はまるで人形の手のようだ。


このままで過ごせたら、どんなに幸せだろう。



だけど。



一瞬だけでも楽しかった。幻のようだったけど、仲間達と楽しく過ごせた。



 『ねえ、勇生(ユウキ)・・・。』


メルルは、震える声で勇生に問い掛けた。


 『何?』


勇生は前を向いたまま返事をする。


数秒間かけて、メルルは無理やり絞り出すように、勇生に尋ねた。


 『ここから敵を討つ(・・)方法があるんだけど。力を・・・、貸してくれる?』


勇生は振り返り、真っすぐメルルを見た。


メルルは心臓を縮こませながら勇生の返事を待つ。放った言葉は戻せない。


もう戻せない。


勇生は少し明るい表情になり、答えた。


 『もちろん。』



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