102:理不尽
現、碧の国王が作り上げ、一部の国民を不幸に陥れた法の一つに[過剰な魔力の先行排除義務]というものがあった。
その名の通り、9歳までに過剰な魔力を持った者は王国から排除される。子供を持つ親にのみ適用される法であった。
早い段階で強さに目覚めた者は高確率で人道を外れ国民の驚異となる。というのがこの法の施行理由だ。
過剰とされる程度は、成人で持つ平均とされる魔力を100として、10%以上それを超過する子が対象とされていた。
魔力を視る者は城専属の医師で、子供達は成長検査を受けると同時に、生きるか死ぬかの判断を下されるのだ。
子供達はその場では何も知らされず、結果を通知された親が、同封される薬物を使用し子の命を断つ。
理不尽な法だ。
しかしこの王国では、そのような法すらまかり通っていたのだ。
王国の、”守られた”居心地の良さに住み着く人間が増える一方で、国王の傲慢さに苦しみ、幸せを奪われ涙を流した国民も少なからずいた。
つまり、そんな国王を恨む大人達の一部が今回のこの戦いに向け外島側の兵士に志願し、どういった過程を経たのか目の前の魚人となり目の前に立ちはだかっているというわけだ。
『クソ・・。吐き気がする。』
テサは目の前で咆哮している魚人から即座に距離を取りながら、呟いた。
怒りによって魚人達は魔力を増し、辺りにはもうもうと熱い蒸気が立ち込めている。
彼らは皆、元は”王国の民”なのだ。
そんな者達と戦うべきなのだろうか?
しかし今、目の前にいる彼らは危険な敵でしかない。迷っている時間は無い。
テサは王国の南に住む自分の家族を思い出し、更に逡巡する。
家族を奪われた彼らの怒りは当然だ。
国王は卑劣で罪深い。従う価値もない人間だ。
では守るべき民はどうだ?
守る価値があるのか?
いや、そもそも敵である外島は、負けてもいい相手か?
ーああそうだった。
テサはようやく答えにたどり着いた。
負けてもいいか?
答えは、”否”だ。
テサは熱蒸気で肺を焼きながら、息を吸い後ろの隊員達に叫んだ。
『この魚人共を一掃し船を進め・・・!!!』
叫び終わらない内に、熱された拳がテサの頬を捉えテサは数メートル後ろに飛ばされた。
テサに巻き込まれ下敷きになった勇生が、舌打ちしながらジロリとテサを睨み起き上がる。
『・・アレ、一掃すんの?』
勇生の不満げな問いかけに、テサは今度は迷わず答えた。
『うむ。そして外島の侵攻を止める。それが役目だ。』
テサの言葉に、隊の皆が黙って頷く。
『犬共め・・・!!!』
船底に立ち込める熱気を、メルルが後ろから吹き飛ばす。その風は隊員達の間を吹き抜け魚人達の皮膚から僅かに水分を奪いながら通路の奥へ突き当り、吹き返すことなく逆側の階段からまた上へと昇っていく。
テサは魚人を倒しながら風の流れをチラリと見て、また嫌な違和感を覚えた。
風はこの階のどこからも抜けない。
抜け穴があれば船は沈没するだろう。だから、それで良いのだ。そこは心配無い。
では、魚人達はどこから来た?
魚人は鋭い鰭を抜き、血の滲んだそれを振り翳すと真っ直ぐにテサの首元を狙う。
テサは間一髪で何とか鰭を躱し、代わりに鱗に覆われた太い腕を斬り落とした。
『ギャア!!!』
辺りには一瞬で、魚人と隊員達の血と汗の匂いが充満する。
何か仕掛けられているのでは、と思ったが・・、どうやればこんなに多くの魚人達がここへ入ることが出来る?
船底を破壊し侵入したわけでは無さそうだ。
では入り口は1つ。
・・・”上”しか無いのだ。
テサはそこまで考えると、剣を振る速度を速めた。目に見えない程の速度で大剣が舞い、次から次へと魚人を斬り刻む。
『ちょっと、気をつけて!』
狭い通路へ入りそのテサに文句を言うのは、すぐ後ろに付いて来ている勇生だけである。
『フン。』
テサは気を取り直し、集中するための呼吸に入った。
まずは進む。
そして低く体勢を変えると、剣を腰の位置に構え後ろの勇生を見る。勇生は怪訝な顔でこちらを見ていた。
『何する気だよ。』
・・・相変わらず無駄に反抗的な口を聞く。テサはフ、と口元を緩ませ次の瞬間、勢い良く剣を前に突き出し叫んだ。
『剣波!!!』
そう言うと突き出した剣から強力な空気の振動を放つ。空を裂くその波動は、魚人達の身体をも容易く斬り刻み辺りに激しく血飛沫が舞う。
首元を押さえたまま、また1体が恨めしそうにテサを見ながら倒れた。
斬られた魚人達は皆、血走った瞳を見開いたまま倒れていた。
瞼を失った彼らは、安らかに目を瞑ることすら出来ない。
勇生は口を固く結び、メルルは何も見ないようにぎゅう、と目を瞑り、魚人達の死体に躓きながらも必死で隊員達に付いて走った。
魚人達はテサと1番隊隊員達により、言葉通り一掃された。




