100:船底にて
捕獲した魔鳥の中には既に自我を見られないー単なる魔鳥としか思えないものもいたが、魔力網によって暴走する魔力を止めることが出来た者たちの中には意識を保ち話の出来るものがいた。
その数羽の人魔鳥から聞き出した話は、戦場を潜り抜けてきた兵士ですら、耳を塞ぎたくなるような内容だった。
『・・・チッ。』
テサは一通り聴取を終えるとやりきれないように大きく舌打ちし、途中から魔鳥達に背を向けた。
人の姿に戻った彼らには男も女もいた。息子とそう変わらない年齢であろう子達が息も絶え絶えに横たわり、涙を流していた。拉致された中には当初、もっと小さな子達もいたという。
『・・・畜生が。出るぞ。』
胸糞悪いが、敵の首謀者はやはり代表者カルマンであることがわかった。
この後に及んで再戦を企てたのだ。カルマンはよほどの自信家か奇人であると想像がつく。
・・・嫌な戦いになりそうだ。
テサは大剣を握りしめると、捕虜を残し獣車を海へと向かわせた。1足遅れて到着した3番隊もまた、事態を見てとると1番隊に続き港へと急いだ。ベルタもまた、城を出る際ビオーネに出し抜かれたらしい。
全く・・・ビオーネは、もう着いた頃か?
テサの頭に一瞬、気にくわない同僚の姿が浮かんだがその姿をもみ消すようにテサは怒鳴り声を上げた。
『獣車を停めろ!乗船するぞ!!』
停泊中の船は3隻だった。
その内1隻は既にビオーネが乗っているのか、今まさに港を離れようとしている。
それを横目で見てテサは中央に停泊していた1隻へ乗り込み、ベルタにもう1隻を使うよう指示した。
しかし梯子を登った甲板の上でテサは突然立ち止まった。
・・・違和感がある。
もう一度注意深く周囲を観察しテサは梯子を登る勇生達へ目線を送る。その顔は険しく、油断するなと伝えていた。
船の様子がどこかおかしいのだ。
『くそ!』
甲板の上から隣の船を見たテサは、その瞬間思わず声を上げた。後から来たベルタ達もまた、船を見て戸惑ったように引き返している。
『ビオーネの仕業か?』
ベルタの問いにテサは慎重に答える。
『いくらなんでも、それはないだろう。』
そうだ。さすがにこんなことはしない。
テサは眉をひそめ、先程まで隣に停泊していた1隻を見た。
まだ誰も乗っていないはずのその船もまた、錨を上げゆっくりと沖へ進み始めたのだ。
ベルタ達は呆気にとられ、テサを見た。幸い、1番隊の乗り込んだ船が動く気配は無い。しかし・・・。
テサは一瞬判断を迷い、ベルタを見た。
ベルタはいつもの調子で肩を竦め、やれやれといった様子だが素早く方向転換しテサの乗る中央の船へと向かって来る。
・・・これが罠だとしたら?
言いようもない不快な感覚がぞわりと身体を這い、テサは身震いした。
しかしベルタを待機させる選択肢は無い。
甲板に1番隊、3番隊が揃ったのを見てテサは黙って頷いた。
『船を調べるぞ。ベルタ。お前は上から行け。俺は先に下へ降りる。』
ーーー
船は一つ階段を降りるごとに兵士達の休憩室、備蓄倉庫、機関室という構造になっている。操舵室だけが甲板にありベルタ達はまずそこへ向かった。
テサ達1番隊は隊列を組み船後方の階段を素早く降りていく。罠が仕掛けられているとしても1番怪しいのは最下層だとテサは踏んでいた。
それにしても湿度が高い。ボイラー室から蒸気が漏れているのかと思う程、降りるに連れ船内は蒸し暑くなり先頭を行くテサも後ろを付いてくる勇生達も汗ばんでいた。
『何これ。どこか故障?』
勇生が不満げに汗をぬぐい尋ねるが、テサは短くわからん。とだけ答えた。
『そよ風・・・。』
『魔力を無駄に使うな。』
メルルが後ろで唱えかけた呪文も、テサは隙無く制止する。ただでさえ、重力操作で魔力をかなり消耗しているはずだ。底が知れないメルルのこととはいえ、今は温存すべき時だ。
・・・珍しいな。
その後ろ姿を見ながら、勇生は不思議に思う。何度も一緒に戦ったがこんなにテサが緊張しているのは初めてだ。
・・・それだけ、危ない敵だということか。
船内はところどころに明かりが付いて薄暗いが周りは見える。勇生達が今降りている階段はすれ違うのも難しいほど狭く、万が一退避となったら困難をきたしそうだ。
暗い地下に降りていく感覚のせいか、勇生の頭にはネガティブな発想ばかりがよぎる。
ヒタヒタ。
湿気のせいか、床まで湿って滑りやすい。
足元に気を配りながら、勇生は剣を握りしめた。
ヒタ。・・ヒタ。
最下層へとたどり着き、入り組んだ通路を勇生達は隊列を組み進んで行く。
足元を浸す水が徐々に嵩を増している気がする。
床に傾斜があるのだろうか?
ヒタ。
足元を見て勇生が首を捻ったその時、前を行くテサが急に止まった。驚いてつんのめりそうになった勇生に向かってテサが鋭く叫ぶ。
『敵だ!!』
テサの声に顔を上げた時にはもう、複数の侵入者が前から勇生達に襲いかかって来ていた。
勇生は無我夢中で剣を奮った。電撃は使えない。水浸しの全員に被害が出るのだ。
敵の姿は数えるだけでも4、5、6・・・10人はいそうだ。人と数えていいのか?その敵にはヌラヌラと光る鱗と大きなエラがあった。
『何だこいつら・・・。』
勇生は呟きながら目の前の敵の姿を凝視した。
何とか100話、到達しました・・!