10:メルルの想い
先程のアレは一瞬の内に起きてよく見えなかったが、凄かった。メルルは驚き、内心怯えていた。あのまま、あの樹に握られていたら自分も死んでいたに違いない。何故あんな力が。黒焦げになった樹を前にそう思いゾッとする。
しかし・・。
逃げろ、と叫んだ彼は助けようとしてくれたのか?・・まさか。
それは今までの勇生からは考えがたいことだった。
メルルは、イジメの輪の中で自分を見下ろす勇生の顔を思い出す。”田中”を追い詰める彼は冷酷で、無慈悲で、容赦ない人間だった。その行動はいつも人助けとは正反対で、その表情はいつも暗かった。
そうだ。いつだって、恐い顔で”僕”を見ていた。他の奴が狂ったような笑い声を上げる中、彼だけは怒っていた。
そして、怒っていたから、笑っている奴らよりも少しだけまともに見えた。
そう。-だからあの時も。田中は勇気を振り絞って助けを求めたのだった。というより何故かわからないが、その表情を見ている内に話しかけてしまったのだ。
あの、屋上で。
田中は思い出し、複雑な顔をした。あの雷から何故かこんなことになってしまったが、勇生を巻き込んでしまったのは自分なのだろうか。
田中はそもそも自分が、わざわざ休日に屋上へ呼び出されたことも忘れて悩んだ。
メルルになって生まれ変わったように感じていたが、中身は変わらないのだ。
先程もついつい鞄が気になって茂みに入ってしまった。そのせいで、あんな樹に襲われる羽目になったのではないか。勇生はただ付いてきて巻き込まれたのだ。それなのに自分は、”樹”から逃げることすら出来なかった。
勇生は”田中”のことを、メルルのことを恨んでいないのだろうか。
このままでは、お荷物だ。いや、お荷物ならまだいい。自分のせいで2人共死ぬようなことは避けたい。しかし、自分には何の力も無い。田中は、自分の非力さもよくわかっているつもりだった。
せめて何か役に立たなければ‥。
メルルは考え抜いた末、勇生に魚を勧めた。殆ど炭になった大木には、ちょうどいい頃合いになった焼き魚が挟まれている。
2匹引き抜き一匹は勇生に。もう一匹は自分に。2人共空腹で、何も言わず魚にかぶりついた。
高温で焼いたせいか皮はパリパリで色も気にならず、身もふっくらと美味しい。
しばらく夢中で食べ終えると、勇生は一言ありがとう、と言って立ち上がった。
メルルは想像していなかった台詞にまた驚く。驚いて、こちらこそ。そう言うタイミングを逃した。
そっか。
ー助けてくれて、ありがとう。
自分も、素直にそう言ってみたかったのに。
余計なことばかり考えて、言えなかった。
メルルはもやもやとした気持ちのまま、慌てて落ちていた鞄を拾い、木の実や蔓をしまった。ノートは魔物によりバラバラに飛ばされ、集めようとしたが、もう原型を留めていなかった。
勇生は黙って樹に刺さったままのナイフを抜いた。ナイフの刃は変色していたがどこも欠けることはなく、手に握るとまだ少しの熱を帯びている。
それをまた腰に差し、行くか。と勇生が呟いて2人はその先の水辺へと、また歩き出した。
本日もスマホから。少々時間に追われ1話短めです。