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君がここにいるうちに  作者: ましの
朝にとける、ゆき
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夢見る乙女

 高校生活というものは思ったほどキラキラしているものじゃない。

 独身の男性教師がイケメンだ! とかないし。同級生に爽やかで大人な男子が混じってる! とかもない。

 世の中にあふれかえっている恋愛ドラマやマンガなんかに慣れてしまうと現実が恐ろしく色褪せて見える。唯一フィクションと同列にあるのは、自分磨きに余念のない女子だけといえよう。高校生活のキラキラしたした部分はそうした女子高生パワーなんじゃないかと思えてくる。そこに自分が入らないことは承知している。

「一組の古谷君てかっこいいよね」

「古谷って誰だっけ?」

「ほら、サッカー部の!」

「えー? 幸ってああいうのが趣味なの?」

「だめ? かっこいいじゃん」

「あたし、あの髪型ダメだわあ。それより特進の佐々木君のほうが好み」

「出た。また佐々木だよ。もうその話聞き飽きた」

「えっ? 付き合ってんの? いつから?」

「んー。まだ、かなぁ」

「なにそれ、曖昧!」

「それより由香は? 今日はやけに機嫌いいじゃん。なにかあった?」

「ふふーん。ちょっとねー。でも秘密!」

「なにそれ! 超気になる!」

「ダメ、秘密。で、真理はどうなの?」

 昼休み。毎度繰り広げられる女子トークを上の空で聞き流していた。キラキラと黄色い声が飛び交う会話はわたしにはレベルが高すぎて聞いていても相槌を打つのがやっとだ。そんな中、由香がニヤニヤと笑みを浮かべながらいきなり話を振ってきた。

「ふえ?」

 焼きそばパンに齧りついていたわたしは、口にものが詰まったままで声を上げる。同級生の井上幸いのうえさち春日早苗かすがさなえ、それに由香が期待に満ちた目で顔を覗き込んでくる。

 やば。聞いてなかった。

 慌ててごくりと焼きそばパンを飲み下す。

「な、なんだっけ?」

 正直、三人の視線が突き刺さりそうなほどで体がむず痒くなってくる。

 うきうきとした声で幸が問いかけた。

「なにって真理は? 好きな人とかいないの?」

 それを聞いて思わず噴出しそうになる。できることならその話は回避したい。

「いっつも聞いてばっかりだけど、実際のところはどうなの?」

 今度は早苗。

 他愛のない明るい笑みが凶器のように見えてくる。

 この二人、クラス内では『WSだぶるえす』と呼ばれている。二人ともイニシャルが『S』ということもあるけれど、それだけが理由ではない。本当の意味は息の揃ったサディスティックな性格から来たものだ。謀っているのか素なのかは本人たちにしかわからないけれど、確実に言えることは、この二人に変なことを言えばたちまち学校中に広まるということ。

 鋭い槍でつつこうとする二人を前にわたしの体は石のように固まる。眼球だけをソロリと動かしただけでギシギシと音を立てそうなほどに緊張の糸が張り詰める。

 不意に、向かいに座っていた由香が頬杖をついて口端をニヤリとあげた。

 まずい。

 そう思った瞬間、由香が嬉々として口を開いた。

「真理はねえ」

「ちょちょちょ! 待ってください由香さん!」

 由香の口を慌ててふさごうとするが、伸ばした手は簡単に払いのけられてしまった。

「えー、なになに?」

 が、すでに遅し。由香に向かって身を乗り出す幸と早苗。

「なんでもないよ!」なんていったところで聞きやしない。

「真理。腹くくりな」

 由香の視線がわたしに向く。そしてたっぷりの間を置いて言い放った。

「真理はねえ、名前も知らない年上の男に片思いしてるの」

 かわいらしく首をかしげながら言うその仕草に殺意が沸きそうだ。

 内密にって言ったのに! これだからモテ女は!

 わたしは脱力してイスに崩れ落ちた。途端にやかましい声が上がる。

「なになに? そういうこと?」

「年上って大学生とか? ヤだいつから? 早く言ってよ!」

 まくし立てる二人には向ける言葉もない。黙っていると由香が勝手に話し始めた。

「毎朝、電車で見かけるメガネ男の横顔に惚れちゃったんだよね?」

「メガネ男じゃない!」

 言い回しに悪意を感じて声を上げる。すると由香は「そうだった」とオーバーリアクション気味で額を押さえる。

「『横顔の君』だった!」

 由香の言葉に二人が「なにそれ!」「ラブロマ」などと騒ぎ立てる。

 ですよね、ですよね。そうですよね。いまどき時代遅れなんだよね、そういうのは。

 わたしは残った焼きそばパンを乱暴に口に押し込んで不貞腐れた。

「そんなんじゃないよ。ただの憧れ。アイドルに憧れるとか、そんな感じ」

「ただの憧れって……。それを好きって言うんだよ!」

「そうそう。そこから恋ははじまるの」

「それでねー」と続けようとする由香にはっと顔を上げる。デザートにと思っていたエッグタルトを掴んで余計なことをしゃべりだす前にその口の中に押し込んでやった。

 結局、わたしはたった五十分の昼休みの間に『夢見る乙女ちゃん』の称号を頂くことになったのである。


「くどい!」

 下校途中。まだ昼休みのやり取りを思い出しては笑っている由香に、わたしは言い放った。

「『夢見る乙女ちゃん』とか、なかなかのネーミングセンスだと思わない?」

「思わない! 使い古されてる感満載! いつまで笑ってるつもりだよ!」

「忘れるまで」

 ケタケタと笑い続ける由香の背中にげんこつを一発お見舞いする。

「いったいなぁ」

「今朝のお礼」

 精一杯睨みつけてやるが、『夢見る乙女ちゃん』のわたしではモテ女の前では子供同然。

「まあ、『横顔の君』に突撃する気になったら、いつでもこの由香様が相談に乗ってあげる。大船に乗ったつもりでいたまえ!」

 そういうと由香は、ステップを踏むように走り出した。

「ちょっと?」

 付いて行こうとするわたしに由香がクルリと振り返る。

「これからデートなんで。またね!」

 サッと腕を振ると全速力で走り出す。その後姿が眩しく見えるのは、恋とやらで武装しているからに違いない。リア充女子は忙しいことで。

 駅までの道のりをブラブラと歩いていく。

「『夢見る乙女ちゃん』かあ」

 空に向かって呟く。

『横顔の君』のことは好きだ。でも、だからといってその想いが形になることはないだろう。彼にとってわたしは無数に存在するモブの中の一人でしかないのだから。残念ながら、主要キャラに昇格するための恐ろしく高い壁を飛び越える勇気も度胸もわたしは持っていない。

 ため息をついて、ふと視線を戻した。

 見えたのは児童公園。

 そこで足を止める。

 そういえばここだった。

「まだ四日しか経ってないんだ」

まともな高校生活を送っていないからこの手の話は全く分からない……。そもそも女子校だったし。

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