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君がここにいるうちに  作者: ましの
君がいた永遠
38/40

永遠の定義

「ずっと続けばいいのに」

 映画を観に行った帰り道。思わず呟いた言葉にわたしは後悔した。隣を歩いていた彼が悲しそうに微笑んだから。慌てて謝ると「いいんだ」と、彼は言った。

『永遠』が欲しいわけじゃない。ただ、巧君と過ごす『今』だけがなによりも大切なものだから。それがずっと続けばいいと願わずにはいられなかった。終わりが来ることを分かっていると言うのに。

「永遠を信じる?」

 唐突に巧君が聞いた。わたしは首を振る。「信じない」と。その答えに彼は苦笑する。

「だってそうでしょ? 永遠に続くものなんてどこにもないから。どんなに願っても必ず終わりがやってくるから」

「確かに」彼はうなずく。

「でもさ。ずっと続いて欲しいと願うその瞬間こそが、永遠なんじゃないのかな」

 巧君の答えにわたしは首をかしげる。

「一瞬が永遠なんておかしいよ。それじゃ永遠じゃ無いじゃない」

「確かにそうかもしれないけれど、そうでもしないと俺たちは永遠を手に入れられないんだ」

 そう言ってわたしを振り返る。

「だから、ずっと続けばいいと願う今は、俺たちにとって永遠なんだ。どんなに短い時間でも、たとえ一瞬でも、それは永遠なんだよ」

 繋いだ手がきつく握られる。

「それなら、今わたしたちは永遠の中にいるってこと?」

「そういうこと」

 うなずいて、彼はわたしの額に唇を押しつけた。

 なんて愛おしいんだろう。この瞬間が永遠だというのなら、どんなに時が経っても決して忘れはしない。彼と過ごした永遠を拾い集めて大切に抱きしめていたい。でもそれでは駄目なことくらい分かっている。過去を振り返ってばかりいたのでは駄目なことくらい分かっている。わたしの時間は彼を置いてどんどん進んでいくのだから。それでも望まずにはいられない。だから、せめて今だけでもと願うのだ。

 あなたがいる永遠を、わたしは心に刻む。

「きっと、真理のご両親も君にたくさんの永遠を残していったと思うよ」

「そうかな。もうあんまり覚えてないのに」

 彼の言葉に顔を上げると、優しく髪を撫でられる。

「覚えていなくても。あの写真を見れば分かるよ。あの花畑の写真」

 ずっと伏せたままにしていたフォトフレームの中に入れた写真のことだとすぐに分かった。彼は盗み見たことを詫びたけれど、そんなことは気にしていなかった。

「どうして分かるの?」理由が知りたかった。どうしてそう思ったのか理由が知りたかった。

 あれは家族で過ごした最後の日の写真だった。柔らかな日差しの中で微笑んでいた両親はその直後に帰らぬ人となった。カメラの中に残されていたフィルムを叔母さんが現像してくれたのだけれど、わたしにとってはそれは辛い記憶でしかなかった。それなのに、どうして永遠だなんて言えるの?

 問いかけるわたしに彼は微笑む。

「だって、真理のことが本当に大事だってあの写真は言ってたよ。本人には分からないかもしれないけどね。俺には分かる。声が聞こえるから」

 彼もまた死神の力を持つ者だった。わたしが直視できないでいる声をしっかりと聞いているのだ。

「俺は、ご両親からバトンを受け取った。短い間かもしれないけれど、そのバトンを次につなげるために俺は運命に導かれて、今ここにいるんだと思う。真理がいてくれて良かった。君がいなかったら、俺は絶望するだけだったかもしれない。きっと、君に出会う運命が俺を生かし続けていたんだ」

 そう言って彼はわたしを抱きしめる。

「だから、ありがとう。永遠をくれて、ありがとう」

 彼の声は震えていた。だからわたしもきつく抱きしめ返す。


 終わりは刻々と近づいている。

 わたしたちはそれをちゃんと知っていた。

 怖くて怖くて仕方がない。それでも逃げることは許されない。運命だから。

 永遠を手に入れたことで、迫る恐怖が倍増していく。だからこそ震える彼の手をわたしは決して離さなかった。

「大丈夫だから。側にいるから」

 その言葉は気休めでしかないことはわかっている。それでも、わたしは「大丈夫」と繰り返す。

 それはきっと彼だけに言っているのではない。自分に言い聞かせているのだ。

 鳴り響く警鐘は彼がまだ生きていることを知らせている。立ちのぼる光は彼がここにいることを示している。だから大丈夫だと、自分に何度も言い聞かせた。まだ、『今』は残っていると。

 だから、運命に追いつかれないように必死で足掻いた。

 もう少しだけ。

 願いは祈りになる。

 けれどどんなに足掻いたところで運命はやってくるのだ。


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