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君がここにいるうちに  作者: ましの
君がいた永遠
37/40

丁寧な時間

 待ち合わせは駅のホーム。デートの場所は満員電車の中。

 朝、先に電車に乗ってくる彼はわたしが乗る駅に来ると一度ホームに降りてくる。「おはよう」と言ってわたしの髪を撫でる。それから今度は二人で電車の中に逆戻り。電車の中では必ず手をつなぐ。たった十数分の短いデート。終着駅で手を振って別れるとそれぞれの行くべき場所に向かっていく。そっと手が離れるときはいつだって名残惜しい。よほど切ない顔をしていたのだろう。一度だけ由香が彼に向かって拳を振り上げたことがある。いつものように乱暴に。

「真理はね、あたしの大事な友達なの。だから、泣かせたりしたら一生許さないんだからな!」

 人でごった返す駅のホームで由香が声を張り上げるものだから、わたしも彼も驚いて足を止めた。本気なのか冗談なのか分からない拳が彼の肩にぶつかる。彼は笑っていたけれど、相当痛かったに違いない。だって、いつもよりぎこちない笑みだったから。

 わたしは慌てて彼から由香を引き離すように細い腕を掴んで改札を抜けた。

「乱暴はやめてよね。巧君絶対に痛がってたよ」

 振り向きざまに言うと、由香は仏頂面で返してくる。

「なんかあったら、絶対にあたしに言いな。今度は本気で殴るから」

「そう言うこという人には絶対に言いません」

 投げ返すと「心配してんのに」とふくれっ面だ。

 彼はそんな由香に対して「良い友人」だという。「どこが?」と返すと「真理のこと本当に想ってるよ」という。「そうかな?」首をかしげると「まあ俺の方が何倍も想ってるけどね」と混ぜ返した。由香の行きすぎた態度にはときどき辟易することもあるけれど、わたしが勝手に作った壁をいつでも簡単に越えてきてくれるから、そういうところは感謝している。「だから、由香ちゃんのことは大切にするんだよ」彼の言葉にわたしはうなずく「もちろん」と。


「昨日も会ったの?」

「うん。毎日会う」

 早苗の問いかけに満面の笑みをたたえながら答える。

 自習になった世界史の授業はいつもの四人で井戸端会議。今のわたしはどこにでもいる恋する女子高生だった。

「年上の彼氏とか良いよね、大人でさ」

「っていうか、展開早すぎじゃない?」

 幸がむくれる。

「ちょっと前まで『見てるだけで良いの!』とか言ってたのがいつの間にかくっついてるってなんか解せない。妄想じゃないよね、それ」

「別に普通じゃない?」

 由香がしれっと返した。

「毎朝いちゃついてんの見てるの見飽きたって感じだけど、まあ真理がそれで幸せなら許す! かな。てか、さっさと嫁に行け!」

 ばしんと背中を叩かれて思わずむせる。

「嫁にって、気が早すぎ」

 苦笑するわたしを無視して由香は話を続けている。

「一週間記念日とか大事だけど、やっぱり一ヶ月くらいがオーソドックスだからね。絶対にはずなよ!」

「一ヶ月って……。なにかあげた方が良いのかな?」

「女はどーんと構えてんの!」

 とは言われても、求めてばかりいたのではなんだか味気ない。

「なにかあげたいな」

 呟くと、「マフラーとかいいんじゃない?」早苗が声を上げた。

「編み物、一時期はまってたじゃん。買った方がぜんぜん楽だけどさ、手編みって意外と萌えない?」

「そうかなあ?」

 幸は気にくわないようで相変わらずむくれたままだ。きっとサッカー部の古谷君に振られたからだろう。

「手編みのマフラーかあ」

 呟くと、寿子さんが言っていたことを思い出した。想いを込めればきっと喜んでくれると。巧君の喜ぶ顔が見たい。わたしは一人で納得して、「やる」とうなずいた。


「真理は進学する気ないの?」

 不意に巧君が口を開いた。期末テストに向けて勉強している最中だった。わたしは古文の教科書から目を上げると向かいに座った彼を見上げた。

「どうして?」

「やれば出来るのに勿体ないよ。焦って自分の人生を決めるより、よく考える時間も必要だと思う。俺みたいにね」

 最後の一言は自嘲気味に笑う。

「県立大に来てみない?」

「巧君の学校?」

「うん。四年制だから卒論とか面倒くさいことあるけど、いろいろ試したりするのには合ってると思う。県立だから学費も安いし。それに死神一本に絞るのは、大庭さんと同じであんまり賛成できないから」

「でも……」

「成績の問題なら今からでも遅くないし、最悪今の仕事でお金を貯めれば十分何とかなるだろうしね。それに、叔母さんともちゃんと話し合った方がいいよ」

「叔母さん」という言葉に反応して目をそらすと、巧君はわたしの頭をかき混ぜるようにして視線を合わせた。

「叔母さんに対する苦手意識は負い目からだと思うけど、避けてばかりじゃ駄目だ。ちゃんと向き合って話し合ってわだかまりを取ったらいい」

「だけど……」

「俺のときは自分から来てくれたくせに、どうしてそんなに弱気かな」

「弱気なわけじゃ……。だって叔母さんはお母さんのためにわたしの面倒を見てただけだから……」

「それは本人が言ったの?」

「……言ってない」

「それなら、ちゃんと話し合うべきだ」

 その言葉に、わたしはうなずくことが出来ずにただうなり声を上げるだけだ。

「それに、真理と同じ大学に通うのは俺のささやかな夢」

 そう言って優しく笑う彼に、わたしは思わず顔を歪めた。「一緒に通おう」とは言ってくれない。一緒に通えたら、それが出来たらどんなにいいだろう。

 わたしたちはちゃんと知っている。巧君に残された時間があまりないということを。

 だから、毎日丁寧に時間を積み重ねる。一瞬一瞬を心に刻みつけるように。

 そんな中で巧君は、残されるわたしの周囲にまで気を配っていた。

 由香や師匠、加藤さんばかりではなく、長年壁を作ってきた叔母さんに至るまで。その気遣いが悲しいときもあるけれど、彼はきっと自分がいなくなったときのダメージを少しでも減らそうとしてくれているのだろう。

「そんなこと気にしなくていいのに」

 そんなことを言ったとしたら、おそらく彼はこう返すのかもしれない。

「真理の時間はこの先も続いて行くからね」と。


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