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君がここにいるうちに  作者: ましの
君がいた永遠
35/40

わがままな願い

 いくら泣いたところで答えなど見つかるわけがなかった。それぐらい分かっているのに、悲しみに暮れる以外どうすることも出来ない。

 永遠というものが欲しいわけじゃなかった。限られた時間でいい。ただ、いつかやってくる終わりを忘れてしまえるほどにその時間の中に浸っていたかったのだ。それだけだったのに……。両親を失ったことで幸福な時間が終わりを迎えることはずっと前から分かっていたけれど、死神になることで余計に終わりばかりが目についてしまうよう。死神でいるということはこういうものなのか……。

 不意に加藤さんの言葉がよみがえった。

「幸せになる道を選ぶのよ」

 いつか終わりが来ることを知っているわたしが幸せになどなれるのだろうか。きっと、手に持った幸福が大きければ大きいほどいずれ来る終わりに絶望するだろう。そのとき川柳靖宗と同じ結果を選ぶかもしれない。

 残された加藤さんはその答えを知っているのかもしれない……。

 そんな考えが浮かんで、わたしはよろよろと部屋を出た。外は夕暮れに染まっていた。


 県庁に着く頃にはすっかり日が暮れていた。

 合同庁舎に入ろうとしたとき、わたしの足は凍り付いたように動かなくなった。そこに、巧さんがいたのだ。

 不意打ちだった。唐突に視界に入ってきた彼はわたしの姿を認めると躊躇うことなく真っ直ぐにこちらへ向かってきた。

「違っていて欲しいと思っていたけど、やっぱりそうだったんだね」

 そう言ってメガネの奥の瞳を悲しげに伏せる。

「どうして……」

「俺の予想が正しければ、君はきっと加藤さんに助けを求めると思ったんだ。このことに関してほかに相談できる人はいないから」

「……どうして、そんなこと」

 巧さんの言葉に動揺した。

 どうしてそんなことを予想できるの?

 どうして加藤さんを知っているの?

 わたしの疑問符を見透かすように彼は続けた。

「真理ちゃんと同じだよ。俺も見習いをしていたから」

「うそ……」

 彼は静かに首を振った。

「嘘じゃない。俺も大庭さんについて研修をしていた。その様子だと大庭さんから聞いているんだろう? 俺が死ぬってことは」

 それを聞いてわたしは顔を上げた。巧さんは悲しげな笑みでわたしを見つめている。

 その目を見て、ようやく合点がいった。師匠と加藤さんがずっと隠していた人物こそ、巧さんだったのだ。

「……自分で、知っているんですね」

「知ってる。だから俺は死神を辞めた」

「なんで?」

「適正がなかったんだろうね」

「違う! 自分が死ぬって分かっているのに、どうしてそんな平気な顔をしていられるんですか?」

「俺が平気でいると思うなら、それはきっと君のおかげだろうね。人を好きになることは恐怖よりも強いみたいだ。こんなときに誰かに恋をするなんて不思議な気分だよ」

 言葉を接ぐように大きく息を吐き出す。

「だから、もしも俺に選ぶ権利があるなら、君に見届けて欲しい」

「見届ける……?」

「そう、俺の最期を」

 そう言った声が全てを受け入れるように穏やかで、優しくて、わたしは無性に悲しくなった。感情が堰を切ってあふれ出してくる。滲み出る涙で視界が歪み、巧さんの姿が霞んだ。とっさに泣き顔を隠そうとうつむこうとした瞬間、彼の腕が伸びてきてわたしを引き寄せる。気付くと巧さんの腕の中にすっぽりと収まっていた。

 ぬくもりを感じて一気に心が緩む。

「嘘だ、嘘だ。死んじゃうなんて、嘘だ。こんなに暖かいのに。ここに、いるのに」

 すがるように巧さんのコートに顔を押しつけた。苦しくて苦しくて心が裂けそうだった。

 目の前に彼はいるというのに。

 こうして触れ合っているというのに。

 確かな明日すら無いなんて。

「ひどいよ」

 泣きじゃくるわたしの髪を、壊れ物のように大きな手のひらが優しく撫でる。

「ごめん。俺のわがままだよね。君をこんなに泣かせるくらいなら、俺は近くにいない方がいいのかもしれない」

 そう言うと、巧さんはそっとわたしから離れた。

「辛い思いをさせるくらいなら俺は……」

「真理ちゃん!」

 巧さんの言葉を遮るように廊下の奥から加藤さんがかけてきた。

「すみません、加藤さん。お願いしてもいいですか? 俺がいたんじゃ、きっと泣き止んでくれないから」

「藤木君……」

 加藤さんは彼の姿を認めると困ったように表情を歪ませた。

「どうして……」

「ご無沙汰してしまってすみません。彼女のことをお願いします」

 それだけ言うと巧さんは小さく頭を下げて行ってしまった。見えなくなる後ろ姿を目で追いかける。

「行かないで!」そう声を上げたかった。本当は離れて欲しくなかった。

 行ってしまう。離れて、逝ってしまう。

 その事実がわたしの体を重くして、追いかけようにも一歩も動くことが出来なかった。ただ、彼が残したぬくもりを確かめるように自分の体を抱きしめた。


「落ち着いたかしら?」

 加藤さんがゆっくりと背中を撫でる。温かい紅茶に口を付けながらわたしはのろのろとうなずいた。

「真理ちゃんが藤木君を好きだったなんてね」

 ぼそりと呟く声が聞こえた。

「ごめんなさい。私がもっとちゃんとしていれば気付けたかもしれないのに……」

 謝る加藤さんにわたしは首を振った。

「……違います。加藤さんのせいじゃないです。これはきっと自分のせい。わがままな自分のせい。わたしが思い上がったから」

「真理ちゃん?」

「どうしてわたしなんでしょう? 側にいて欲しい人たちはみんないなくなってしまう。失うのはもう嫌なんです。でも、離れてしまうのも嫌。結局わたしはわがままで、自分の幸せなんてどこにも無いんです」

 全てを拒否して幸せから逃げ出して、深い闇の中に囚われて戻ってこなければ辛い想いなどしないで済む。ずっと前から分かっていたはずだった。だから周りと一線を引いていたはずなのに、いつの間にか温かな光の方へ手を伸ばしていたんだ。決して手に入らないというのに、それを欲していた。

「違うわ」

 隣で加藤さんがわたしの手を強く握った。

「真理ちゃんは悪くない。誰も、なにも悪くないの」

 その言葉に、わたしは加藤さんの顔を見返した。

「これは運命だから。誰の手も届かないところで、神様がみんなを幸せにしようと導いた筋書きだから。だから自分を責めては駄目。それだけは絶対にしては駄目。あなたは本当にいい子なのよ。誰よりも幸せにならないといけないの」

「だとしても、わたしはよっぽど神様に嫌われているんですね」

「嫌ってなんてないわ。きっと真理ちゃんが強い子だってよく知っているのよ。どんな小さなことにも幸せを見つけられることも。みんな与えられたものを当たり前に捉えて、その中に幸せがあることに気付かないんだから。だから、あなたはもっと欲張りになっていいの」

「でも、わたしは死神で……」

「それがなんだっていうの? 人が幸せになるのに、そんなことは関係ないわ。全てが運命だとしても、心は自由なのよ。自分で囚われては駄目」

 それを聞いてわたしは小さく笑った。

 確かに運命なのだろう。巧さんとわたしが死神の力を持っていたからこそ惹かれ合ったのだから。はじめからこそには神様の引いた運命のレールが横たわっていただけなのかもしれない。

「それが運命だとしたら。わたしは選ぶんですね」



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