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君がここにいるうちに  作者: ましの
糸が紡ぐ想い
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夜の図書館

 夜の図書館は思いのほかにぎわっている。仕事帰りの会社員に冬休みを持て余した学生、それから子供連れの主婦もちらほらと。

 おかげでわたしは、この破裂しそうな心音を隣に座る彼に悟られないで済むわけだけど。

「うーん。どうやったかな」

 わたしのシャーペンを軽く唇に当てて巧さんが数式と睨みあっている。わたしは数式よりもシャーペンの方が気になって仕方がない。ノートを覗き込むふりをしながら巧さんの唇をじっと見つめた。

 もうそれ、永久保存にします!

 内心で興奮しているわたしはどうしようもない大馬鹿者だ。なぜなら彼が睨みつけているのは、わたしの冬休みの課題なのだから。

 時計台の一件以来、わたしと巧さんは頻繁に図書館で落ち合うようになっていた。

 あの時は時計台を調べることで頭がいっぱいだったけれど、よくよく考えてみると自分がとても大胆なことをしているのではないかと後になって恥ずかしくなってきた。だって、わたしのスマホの中には巧さんの連絡先がしっかり入っていたのだから。由香の言うように自ら行動を起こしているわけではないのに、何かに引き寄せられているかのように進んでいく関係性には赤面せずにはいられない。きっとこのまま行けば……。いや、やめよう。こんなことを考えるのは止そう。

 真剣に数式と向き合っている彼の横で下心丸出しの自分が恥ずかしい。わたしは緩んだ口元を思い切り引き締めた。

「あ、そっか」

 巧さんはなにかひらめいたらしく、少し癖のある字でノートの上に数式を滑らせ始めた。

「できた! これであっていると思うよ」

 そういって笑顔を向けてくる。巧さんが差し出したノートには二重線を引かれた解答がすまし顔で並んでいる。

「俺もどっちかというと文系だから、あんまり役には立てないかもしれないけどね」

 苦笑する彼にわたしは全力で頭を振る。

「そんなことないです。わたしよりずっと上等な頭脳を持っているんですから、役に立たないなんてないですよ!」

「真理ちゃんと大して差はないと思うけどな。俺も大学受験のために頭に詰め込んだだけだから。今はもうほとんど抜けちゃってるしね」

「たとえそうだとしてもすっごく助かってます! わたし一人だったら悩む前に諦めちゃいますから」

「それは良くないな。真理ちゃんは記憶力とかひらめく力があるから、ちゃんと勉強したらすごい伸びると思うよ。それに数学なんかは苦手意識が出ると敬遠しちゃうからね」

「ちゃんと勉強してみたら?」と続ける巧さんに元気よくうなずきたい気持ちはあるけれど、いざ学校の授業となると内容が右から左に流れるだけなので、「それはなかなかハードルが高いです」と返すのがやっとだ。

「それにしても良かったよ。バイトにかまけて実家に帰らなくて」

「え? 巧さんてこっちの人じゃないんですか?」

「うん。あれ、言ってなかったっけ?」

「初耳です」

「そっか。真理ちゃんにはいろいろ話してたから、てっきり言ったもんだと思ってたよ」

 そう言って軽く頭を掻いた。

「県内って言えば、ギリギリ県内なんだけどね。学校に通うにはちょっと遠すぎて」

「知りませんでした……。じゃあお正月はずっと一人でいたんですか?」

 わたしの問いかけに巧さんは首を振った。

「いや。元旦以外はずっとバイト漬け。こういう時期は時給がいいからさ。前のバイトがよかったから尚更そう感じるのかもな」

 最後の方はぽつりと自分に向けて呟いたように聞こえた。

「でも、真理ちゃんには感謝しないとね」

 唐突にそんなことを言うものだから、わたしは意味がわからずに首をかしげた。

「わたしはなにもしてませんよ?」

「そうかな? 自覚してないだけだと思うけど?」

 巧さんの言葉にわたしの頭はフル回転をはじめる。

 わたし、何かしてたっけ?

 必死で考えるわたしを見て、巧さんは吹き出した。

「まあ、あえて言うなら、味気ない冬休みに色が付いたってところかな?」

 なにやら遠回しな言い方に思わず返す。

「それって何色ですか?」

 すると、

「何色がいい?」

 と、企むような笑みをたたえた。その顔があまりにも色っぽくて、わたしはとっさに顔をノートで隠す。

 やばい。顔が緩む。こんなんじゃ、まともに顔なんて見られない!

 バクバクとうるさい心臓をノートで押さえ込みながら、落ち着かせるように深呼吸を繰り返す。

 巧さんのクツクツと笑いを堪えるような声が聞こえてくる。きっと、少しからかってみただけなんだろうけど、わたしにとってそれは爆撃と同じくらいの威力があった。

 なかなかノートを下ろさないわたしに、巧さんが声をかけてくる。

「それじゃあ自覚してないついでに、前に貸した借りを返してもらおうかな」

 そんなことを言われて、わたしはようやく目だけをノートの端からのぞかせた。

「借り?」

「そう。前に時計台で助けたでしょ? そのときの借り」

 そう言われて、わたしはハッとした。今の今まで忘れていたけれど、確かにあのとき巧さんはそんなことを言っていた。

 でも、

「何も返せないですって言いました」

 ノートで口元を隠したまま首を振る。

「どんな借りの返し方を想像してるのか分からないけど、難しいことじゃないよ。……多分ね」

 最後の言葉が引っかかる。多分ってどういう意味だろう?

 ノート越しに窺っていると、巧さんはバッグの中から封筒を取りだした。

「ここに」

 封筒を机の上に置く。

「試写会のチケットが二枚あるんだけど、よかったら一緒に観に行かない?」

 あまりにも唐突すぎる誘いにわたしは数秒間言葉の意味を考えた。

「え? それで借りを返すことになるんですか?」

 恐る恐る聞くと、巧さんは小さく苦笑した。

「こうでもしないと、君を映画にも誘えない卑劣な俺ですが……。行くっていってくれたら、嬉しいんだけどね」

 そんなの、絶対に断るわけないじゃないですか!

 心の中で叫んで、わたしはようやくノートを下ろした。

「絶対、行きます」

 そう言ったわたしは、きっと茹でダコみたいに真っ赤になっていたに違いない。


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