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君がここにいるうちに  作者: ましの
硝子の首飾り
22/40

クリスマスの朝に

 まだ日が昇る気配のない早朝。駅前広場は工事用ライトで煌々と照らされていた。まるでこの空間だけが別世界に切り取られたかのように思える。クリスマスに浮かれているはずの街はどこか遠い場所で眠っているのだろう。

 わたしは広場の端に設置されているベンチに腰掛けて、作業員が慌しく動き回っているのをぼんやりと眺めていた。

 吐き出すたびに息が白く凍っては雲ひとつない夜空に消えていく。這い上がってくる冷気に思わず体が震える。本来であれば、まだ布団の中で寝ていてもおかしくない時間だというのに、どうしてこんな場所にいるのか……。そんなことをふと考えてしまうけれど、自分が選んだ結果なのだから仕方がない。

 加藤さんの話を聞いてから、わたしはずっと考えていた。このまま死神でいていいのかと。

「真理ちゃんが幸せになれる道を選ぶのよ」

 あのとき加藤さんが言った言葉が頭の中から離れない。そんなことを一度も考えたことがなかったから。

 自分が幸せになれる道は一体どこにあって、どこにつながり、どこへ向かうのか。いくら考えても答えは出なかった。そして気づいた。わたしはまだ自分の将来を決めかねているということに。

 就職するとは言った。死神を続けるとも言った。でもそれは、楽な選択肢を選んでいるだけに過ぎないということに気づいてしまったんだ。これ以上誰かの迷惑になるのが嫌で、目の前にぶら下がっていた手の伸ばしやすい選択肢にしがみつこうとしていただけだ。将来のことを真剣に考えたことすらなかったとようやく思いいたった。

 でも、幸せって一体なに?

 終わりが来ることが分かっている幸せが幸せと呼べないなら、わたしはきっと幸せにはなれない。だって、それが永遠に続かないことを知っているんだから。永遠に続く幸せなんて、きっとわたしの手には届かないに決まっている。ずっとそばにいて欲しいと何度も叫んだとしても消えてしまった両親が戻るわけがない事を知っているように、永遠がないことを頭のどこかで知っていたんだろう。

 だから、たとえ死神としてでも存在を求められることが嬉しかった。その何倍も苦しくて悲しいけれど、わたしがここに存在する理由を与えられたように思えたから。

 だから、死神でいようと思ったのに……。

「それじゃ、だめなんだ」

 悶々と考えて、わたしは盛大にため息をついた。

 そのとき、

「朝からご苦労だな」

 頭上から声が降ってきた。驚いて声の主を見上げる。

「師匠」

「久しぶりだな。この二日間、音信不通になっていた理由はこれか」

 そういって、隣のベンチに座った。

「探偵の真似事をしたらしいな。加藤さんから聞いたぞ」

「怒って、ますか?」

 恐る恐る聞くと、師匠は意外な返答を返した。

「……いや。いつかは話さなければならないとわかっていた。それで? 加藤さんの話を聞いてもなお、死神を続けたいと思うか?」

「正直、よく分かりません」

 素直に答えると、師匠は意外だというようにこちらを見た。

「お前のことだから嫌だと言い出すと思っていたが、どうやら見誤ったらしいな」

「加藤さんのお父さんのように苦悩すると思っていましたか?」

「川柳靖宗か……。そうだな。お前はあいつのように心根が優しいからな」

「師匠が死神にしたって、聞きました」

 時計台を取り壊す作業が着々と進んでいく中で、師匠は静かに話しだした。

「……ああ。あいつと俺は同郷だった。幼馴染というやつだ。靖宗の死神の素質は早くから気づいていた。あいつが死神になったのはあの時計台のステンドグラスを作ったすぐ後だったよ。初めの頃は死に臆することが全くといっていいほど無い奴だった。あの頃は特別人間に興味が無かったんだろうな。ガラスにしか興味が無い奴だ。人の死に触れるたびにあいつの作品は鋭さを増して行った。感性が刺激されるんだろう。そんなあいつが家庭を持った。それがあいつの本来の優しさを呼び覚ましたんだろうな。感性の鋭さもあいまって死神としての痛みを増幅させていった。言葉には出さなかったがずいぶん苦しんだんだろう。作品を作ることを拒んでいたようだったからな。だから、自分の息子を喪うとわかったとき、あいつはそれを受け入れようとはしなかったんだ。運命を拒み、そして、運命を変えようとしていた。だがいくら抗ったところで運命は必ず俺たちを絡め取る」

「結局、息子さんは亡くなってしまった……」

「そうだ。その事実を受け入れられず、その上、妻と娘の死を垣間見た靖宗は自ら死を選んだ。あの日、靖宗が死んだ日、あいつは娘に渡して欲しいとガラスのネックレスを託した。ずっと創作を止めていたあいつが久しぶりに作ったものだ。俺は確かに渡すといってあいつを看取った」

「師匠には加藤さんのお父さんの死が見えていたんですか?」

「ああ、見えていた。ずっと前から見えていたよ。その運命が違えることはなかった」

 時計台は瞬く間に取り壊されて、大きなトラックが残骸を載せて走り去っていく。

「選ぶ権利は誰にでもある。だがな、いくら己の意思で選んだとしてもそれは全て運命の手の内にあるんだ。抗っても、事実を変えることは出来ない」

「でも」

 わたしは声を上げた。

「師匠前に言ってたじゃないですか。信じて進めば別の道が現れるかもしれないって。あれは嘘だったんですか?」

「確かに、運命は変えられない。だが、変えられるものもある」

「どういう意味です?」

「答えは自分で見つけるんだな」

 そういうと師匠はベンチから腰を上げた。

「知ってますか?」

 師匠が不思議そうな顔でこちらを見下ろす。

「あのステンドグラス、新しい駅舎のコンコース広場に設置されるんですよ」

 そういうと師匠は「知っている」と答えた。

「俺たちも帰るか」

「俺たちも?」

「歩道橋に加藤さんがいたぞ。気づかなかったのか?」

 言われて歩道橋を振り返るが、そこに人影はない。

「死神としての観察力がまだまだだな」

 呆れ声にわたしは「伸び代があるってことです」と返した。

「ところで、クリスマスの予定はあるのか?」

 唐突に師匠が聞いてきた。そんなことを聞いてくるとは一体どういった魂胆だろう。

「……特別予定はないですけど」

 どんな罠が待ち受けているのかと思いながら答える。

「うちに来ないか?」

「はい?」

 ぶっきらぼうな返しに眉をひそめる。

「うちに来いと言っているんだ。寿子がお前を読んで来いとうるさいんだ」

「つまり、わたしはクリスマスのお誘いを受けているってことですか?」

「そうだ」と短く言うと、振り返りもせずにさっさと駅へ向かっていく。

「早くしろ」数メートル離れたところでやっと振り返ると怒鳴るように言い放った。


 大庭家は美味しそうな匂いで充満していた。

「クリスマスなんて久しぶりだわ」

 ウキウキとしながらコタツの上にご馳走を並べて行く寿子さん。から揚げにちらし寿司、グラタンとホールケーキまで。

「これ全部作ったんですか?」

「そうよ。昨夜から用意していたの」

「すごい!」

 思わずテンションが跳ね上がって飛び跳ねると、師匠に「うるさい」と怒られた。

「いいじゃないの、少しくらい。いつも二人きりだから、真理ちゃんがいるととてもにぎやかで楽しいの」

 寿子さんの浮かれようにさすがの師匠も黙り込んだ。

「そうだ。真理ちゃんにプレゼントがあるのよ」

 そういって嬉しそうに大きな包みを渡された。

「え? いいんですか」

 突然の事に驚く。こんな風にプレゼントをもらうことなんてほとんどなかったから嬉しさが爆発しそうだった。

「なんだろ?」と頬を緩ませながら包みを開ける。

 それを見て、思わず泣きそうになった。

 真っ白でふわふわのマフラーだった。きっと、寿子さんの手編みだ。

「真理ちゃんには白い色が似合うと思ったの。合わせてみて」

 わたしは潤む目を伏せながらマフラーを首に巻いた。

「ほらね、やっぱり。よく似合うわ」

 手を合わせて嬉しそうにうなずいている。

「こんなにしてもらって……、ありがとうございます」

 声が震えた。それに気づいたのか、寿子さんが優しくわたしの頭を撫でる。それが余計に涙をあふれさせて、迂闊にも雫がぽたりと畳の上に落ちた。慌てて袖で目を拭う。

「お揃いだな」

 師匠が優しい笑みを浮かべている。

 いつかは終わりが来ることはわかっている。それでも、この暖かなクリスマスの一日を忘れないでいようと思った。


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