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君がここにいるうちに  作者: ましの
硝子の首飾り
20/40

探索と繋がらない線

「どんな情報が知りたいとかある?」

 翌日、バイト終わりの巧さんと連れ立って市立図書館へ来ていた。

「どんな情報かと言われても……」

 時計台を調べれば何かが分かると安易な考えていたけれど、蔵書検索で引っかかった件数が予想以上に多くて途方に暮れた。一件ずつ当たっていたら一週間はかかりそうな量だ。そんなことをしていたら時計台の解体に間に合わなくなってしまう。

 呆然とするわたしに、巧さんが情報を絞り込もうと提案してきた。

「例えば時計部分に関することとか、建築家についてとか、あとは……、昔あった美術館に関してとか。そういう部分的なところを重点的に調べてみようか。なにか気になることとかある?」

 そう言われてわたしは考える間もなく声を上げていた。

「やっぱりステンドグラスですかね」

 一番目に付くのはやっぱりステンドグラスだし、それにガラスが音を立てて鳴ったというのが一番気になる。師匠と時計台との関係はこの際置いておこう。それは図書館では調べられようもないことだろうし。

「なるほど。一番の特徴だからね」

 巧さんは納得したようにうなずくと、再び検索を始めた。

「まずはステンドグラスを誰が作ったかを調べるかな。といってもこの量だし、レファレンスを頼もうか」

「れふぁれんす?」

 聞きなれない言葉に首を傾ける。

「そう。図書館員の力を借りよう」


 レファレンスを依頼すると、図書館員に数冊の郷土資料を提示された。

「あとは当時の新聞にも記事があるのでご希望でしたらお申し出ください」

 お礼を言って教えられた郷土史の書架へ向かう。

「これだね」

 その本は巧さんがあっという間に見つけた。『郷土美術館と時計台』というタイトルの入った布張りの分厚い本だ。

 ステンドグラスの製作者の名前はそれほど苦労せずに見つかった。『川柳靖宗せんりゅうやすむね』という人物だ。留学先のフランスから帰国したばかりの当時無名の若手作家だったということがわかった。

「五十年前に二十五歳ってことは、まだ活動しているのかな?」

「もういい年齢だからなんともいえないけど、もしかしたら作品を作っているかもしれないね。居場所が分かったら会いに行く?」

 冗談めかして言う巧さんに慌てて首を振る。

「そこまでするつもりは……」

「まあ、状況を見てってところかな」

 何気なく交わした言葉だったが、それは不可能だということが調べていくうちに分かった。

『川柳靖宗』は二十六年前に亡くなっていた。ネット上の百科事典には享年四十九と書かれていた。クリスマス時期の山道での単独事故だったようだ。

 その事実に行き当たると、巧さんはため息をひとつついた。

「どうしようか。アプローチを変えて調べてみる? 今度は時計のこととか」

 その言葉にわたしは首を振った。

「この人のこと、まだ調べられないですか?」

 すると彼はしばらく考え込んで「そうだね」と顔を上げた。

「当時の新聞になにか書かれているかもしれない」

 そういうとカウンターへ向かった。

 地元紙は全てベータベース化されていて閲覧用のパソコンで見ることが出来た。

「閉館までの利用になります」

 時刻を確認すると、閉館までは二十分あまりしかない。日を改めようかと悩んでいると、巧さんが「とりあえず見てみよう」とパソコンの前に座った。

 二十六年前のクリスマスの頃に絞って閲覧を始める。探すのは訃報欄だ。

 彼の肩口から画面を覗き込む。ものすごいスピードで拡大とスクロールを繰り返して目が回りそうだ。そんな状態で巧さんはひとつの小さな記事を見つけた。十二月二十六日の日付で『川柳靖宗』の死を知らせる短い記事が書かれていた。

 十二月二十五日の未明、積もったばかりの雪にタイヤを取られて単独でスリップ事故を起こした。対向車線を走っていたトラックの運転手が通報するも、病院に運ばれたときにはすでに息絶えていた。死因は山林に激突したことによる脳挫傷でほぼ即死と断定。見通しのいい緩やかなカーブにはブレーキをかけた跡はなかった。告別式は年明け一月四日に行われる。喪主は妻の加藤初恵かとうはつえ

 その記事を読んで巧さんは「川柳は作家名か」と呟いた。

「本名は加藤ってことですか?」

「たぶんね」

「加藤……」

 その名前に思い当たる節はある。けれど、繋がるかどうかはわからない。

「もしかしたら」

 知っている人の関係者かも。

 と言おうとしたけれど、それは言わずじまいになってしまった。図書館員が閉館を告げに来たからだ。

「タイムオーバーだね」

 巧さんはそう言って片づけを始めた。わたしは喉に何かが刺さったような状態だった。取れそうで取れない。モヤモヤした感情はここへ来る前よりも大きくなっていた。


 部屋へ帰ってくると暖房もつけないまま『川柳靖宗』について調べたことをノートにまとめていた。

 ノートの上は繫がるようで繋がらない。大切なピースが抜けたままの状態だ。けれど、ここにあることを付け加えればシンプルな答えに導かれる。

 それは『川柳靖宗』が師匠の対象者だった可能性。あくまでわたし個人の勝手な想像でしかないけれど。

『大庭与一郎』の名前を書き込もうとして頭をかき混ぜる。

 待て待て、本当にそうなのだろうか。

『時計台』『川柳靖宗』『大庭与一郎』『加藤千恵』頭の中でそれらの関係性がおのずと繋がっていくけれど、それはわたしが勝手に登場人物にしているだけで本当のところは関係ないのかもしれない。

「やっぱり聞いてみないとわかんないよ!」

 そう吐き出して、ふと部屋が冷え切っていることに気づいた。慌てて電気ストーブを点けるけれど、そう簡単には暖まるわけもない。

「電気代気にしなくていいならエアコンも点けるんだけど」

 ひとりごちて電気ストーブの前でうずくまった。

 帰り際に慌ててコピーしてきた新聞記事には『川柳靖宗』の写真が載っていた。何度見ても、面影が加藤さんに似ている。クリスマスが嫌いだと言っていた理由がここに繋がっているんじゃないかと思えて仕方がない。

 このままモヤモヤしているのは気持ちが悪いだけだ。

「こうなったら勝負してみるか!」

 この話はあなたには早すぎるわ心を決めた。


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