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君がここにいるうちに  作者: ましの
星の丘で会いましょう
13/40

一歩前進

「おはよう」

 満員電車の中でかけられる声が毎朝の楽しみになった。

『横顔の君』改め、藤木巧さんだ。

「おはようございます」

 自分の声が浮かれているのがよく分かる。黒いメガネのフレームを見るだけでウキウキと心が躍る。

 見上げるわたしを見て、彼がクスリと笑った。

「な、なんですか?」

「今日寝坊したでしょ」

「え! なんか変ですか?」

「うん。前髪跳ねてる」

 言われてとっさに前髪を押さえる。が、それもおかしかったらしい。拳を口に押し当てて笑いを堪えている。

「ひどいです。そんなに笑わなくてもいいじゃないですか」

「くくっ。ごめん、ごめん。大丈夫可愛いから」

 なんていいながら横目で見下ろされる。

 その顔ダメッ! 破壊力ありすぎ!

 脳がオーバーヒートしそうだ。

 どちらかというと硬派で真面目な外見なのに、時折軟派になるところがギャップ萌え。

 わたしは必死に取り繕って怒った振りをする。そう、怒った振り。本当はぜんぜん怒ってないから。というか、怒れるわけない。師匠や由香に言われるのとは訳が違う。

「可愛いとか言うのは反則ですよ」

 前髪を押さえながらむくれてみる。あ、今すごく女の子っぽいかも。なんて思うと余計に頭に血が昇る。

「何か心配事?」

「え?」

「心配事があると寝坊しない? いろいろ考えて寝付けなかったりさ。俺はそうなんだよね」

「心配事……なんですかね。気になることはあるんですけど……」

 あなたのこと、とか?

 彼が真剣にわたしの話を聞いていることに気づいてハッとする。

「あ、いえ」

「差障りがないなら話してごらん? 結構楽になるよ」

 差障りありまくりです。本人を前にどう話せって言うんですか!

「ええっと。実は、学校の課外活動で知り合ったおばあさんがいて……」

 跳ねた前髪を撫でつけながら、脳内の話題をすりかえるためにカヨさんのことを思い出す。そういえばカヨさんと会ったのは、彼に声をかけられた日だったとふと思い出した。

 彼は聞き手として申し分なかった。いつも聞いているのかいないのかよく分からない師匠より、ずっと話しやすい。

「それで毎日通っているんだ。すごいね」

 感嘆と一緒に飛び出してくる賞賛に思わず照れる。

「そんなことないです。時間を持て余しているだけなので」

「だからって毎日出来ることじゃないよ。福祉に興味があるんだね」

 そういうわけではないと思うんだけど……。そう言われてハタと気がついた。わたしは厚生省福祉局の準職員だった……。でもそれとこれとは関係ないはずだ。

「興味があるとか、そう言うわけじゃないんですよね。上手くいえないんですけど。なんと言うか、こう……、放っておけない感じ? ですか?」

 そんな曖昧な答えに、彼は微笑む。

「優しいんだね」

「ええ? そんなことないです。気になってるだけですよ」

「それを優しいって言うんじゃないのかな?」

「そう……、なんですか?」

 わたしの声をさえぎるようにして車内アナウンスが流れる。それと同時に車体が大きく揺れた。

「わっ」

 話に夢中になっていて完全に不意を付かれた。人波に押しつぶされそうになる。

 またか!

 と、思ったときだ。腕をぐいと引っ張られた。

 あれ、デジャヴ。

「大丈夫?」

 またしても彼が助けれくれた。押し潰されなかった体の代わりに、心臓がぺしゃんこになりそうだ。


「じゃあまたね。真理ちゃん」

「は、はい。巧さん」

 改札口を出て軽く手を振ると彼は颯爽と人ごみの中に消える。

 そう。わたしたちはいつの間にか名前で呼び合うようになっていた。

 これってすごいことじゃない? 彼の低い声がわたしの名前を呼ぶたびに心臓が悲鳴を上げている。

 嘘みたい。

 ホクホクと温まる心が勝手に脳に命令を出して、体がスキップしそうになる。浮かれる足取りで駅の階段を下りている途中、水を差すように突然背中を押された。

「おわっ」

 とっさに手を伸ばして手すりにしがみつく。

「あぶなっ」

 振り返ると、階段のうえで仁王立ちする由香がいた。

「真理! 最近付き合い悪いと思ったら……」

 がしっと頭を掴まれて、ヘッドロックをかけられる。

「ちょっ! あぶない! あぶない!」

「男のせいかあ?」

「ちっ、ちがっ! 違うよ!」

 振り落とされないように必死に由香の体にしがみつく。いつの間にか放り出していたらしいカバンが階段を転がり落ちていく。それを見てサーッと血の気が引いた。わたしを殺す気か?

「なにが違うのよ。知らない間に『横顔の君』といちゃつきやがって!」

 非常に無理の居所がよくないらしい。さては彼氏と何かあったな。

「話す! 全部話すから落ち着いて!」

 ようやく離されると、よろよろと階段を数段下りて安全圏まで距離をとる。かき回された髪もそのままに顔を上げると、由香が腹立たしげに言った。

「なにを話してくれるわけ?」


 学校に続く通りを足早に歩く。ヘッドロックのおかげで遅刻寸前だ。

 カヨさんのところに毎日通っていることを教えると、由香は納得できないといった顔で振り返った。

「はあ?」

「だから毎日行ってるんだってば」

「施設に?」

「そう」

「あの、おばあさんのところに?」

「そう」

「毎日?」

「だからそうだってば!」

「理解できない」とでも言いたそうに由香が首を振る。

「あんた、相当な物好きね」

 人が変わればこんなにも表現が変わるものなのか。巧さんとは雲泥の違いだ。今度はわたしがため息混じりに首を振った。


何度も言うが、サブタイトルのセンスない!

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