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君がここにいるうちに  作者: ましの
星の丘で会いましょう
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理由の行方

「それで、お前はどうしたいんだ?」

難しそうな経済書に目を落としたまま師匠が言った。天井まである背の高い書棚を見上げてわたしは唸る。カヨさんの笑顔がどうにも頭から離れない。

「どうしたらいいと思いますか?」

「さあな。俺に聞かれても困る。お前の問題だ」

師匠の返答に大きなため息をつく。

定期連絡のために師匠と落ち合ったのは駅前の大型書店だ。その中の四階フロアにある経済書コーナーは午後五時の時点では閑散としている。

師匠は隣で落ち着きなく平積みされた本をパラパラとめくっているわたしを迷惑そうに横目で見た。

「少しはじっとしていられないのか」

「だって」

難しい本に囲まれていると単純な問題でも難解に思えてくる。イエスかノーだけの答えなのに簡単に解き明かせないのはわたしの頭の出来が悪いせいなのだろうか。考えれば考えるほどどんどん気が重くなってくるので、気を散らすために仕方なしに経済書をめくってみるがまったく内容が入ってこない。それどころか理解すら難しい。

師匠は本を買うつもりで来たらしく、さっきから何冊も斜め読みをしている。死神が経済となんの関わりがあるのか知らないが、わたしの話などほとんど聞いていないようで真剣に本を選んでいた。分厚い本のページをめくる姿は老人とは思えないほどピシリと背筋が伸びていて、介護施設にいたお年寄りたちとは比べようもないと密かに感心する。

ふと、師匠の首元に巻かれたマフラーが気になった。いつもの黒いコートとは少々不釣合いとも見て取れる緑色のマフラーだ。目の粗いカジュアルなニット素材のようで、黒系の暗色でまとめられた服装とはどこかちぐはぐに見えた。

手編みっぽいけど、誰かからのもらいものかな?

無性に気になって編み目をじっと見つめていると、師匠が不振そうに振りかって来る。

「何だ」

「いえ、別に」

サッと視線をそらして書棚に並ぶ背表紙を読む振りをすると、師匠は呆れたようにため息をつく。

「迷っているということは、少なくとも嫌ではないということだろう。どうせ暇なら有効に時間を使った方がよほど有意義だろう」

「暇って……」

じとりと視線を送るわたしを見て、師匠が話題を変えた。

「それより、その定期入れはどうしたんだ」

と、わたしの胸元を指差してくる。

その問いに低空飛行を続けていたテンションが飛び上がった。

「これは! たいっせつに家宝にするんです!」

「物を大切にするのはいいことだが、それはどう見ても小学生にしか見えないぞ」

落とさないようにチェーンをつけて首にぶら下げたパスケースを師匠がいぶかしげに眺めている。

だけど、他人から眉をひそめられたって構わない! このパスケースを二度と落とすつもりはないのだから。

「いいんです。二度と運命が交わることがなくても、このパスケースさえあれば自分で運命を切り拓いていけそうだから」

決意固く言うと、師匠は妙に真剣な面持ちでわたしを見た。

「そうだと信じて進めば、あるいは別の道が現れるかもしれないな」

その言葉の意味がわからずに、わたしは首をかしげた。



「随分良いタオルを買ったのね」

師匠に指示されてユキのために買ったタオルのレシートを持って特別健康福祉課に訪れると、加藤さんがそれを見て苦笑した。

「はい。インテリアショップで見かけたので、思わず買ってしまいました」

その表情の意味に気づかず能天気に言うと、加藤さんは曖昧にうなずいた。

「知ってるわ。わたしもこのブランド好きだから。でも経費で落とす場合はもう少し考えてね。一応、国民の血税から出ているんだから」

「血税」その言葉を聞いてわたしは凍りついた。払っていなくても言葉くらいは聞いたことがある。

「け、血税?! 税金なんですか?」

「なにとぼけてるのよ、真理ちゃん。当たり前でしょ、あなたは準国家公務員なんだから。それに、税金から支払われてりるのは経費だけじゃないわよ」

そういうとキャビネットの中から封筒を取り出した。

「はい。通常手当て。はじめてのお給料よ。もちろんこれも税金」

にっこりと笑って差し出された封筒を恐る恐る受け取り、言われるがまま中身を確認する。

「え! こんなにもらって良いんですか? 手当てだけでこの額?」

金額に驚いて声をあげる。

「前にも言ったとおり、特別終生管理士は国家公務員の中でも特別な職なのよ」

「でも、『準』て」

「それは表向きってこと。特別終生管理士については部外者には一切口外できないから、秘匿情報として扱われているの。国家公務員という正当な立場を与えられないし、普通に会社勤めをしながら死神をしている人もいるわ。人によってさまざま。ようは口止め料ってとこね。だから真理ちゃんみたいに学生の子もまれにいるのよ」

「それほど秘密にしないといけない理由なんてあるんですか?」

すると加藤さんは首をかしげながら考え込んだ。無意識なのだろうか、胸元の小さなペンダントを指でいじってる。

「私も詳しいことは教えられていないからなんともいえないんだけどね……。ここからは私個人の勝手な解釈だけど、人の生き死にがわかるなんてある意味神様に近いと思わない? 実際、私はそう思っているわ。死神と呼ばれるくらいだからね」

「わたしにも死が見えているってことですか?」

その問いかけに加藤さんは小さく微笑んで首を振った。

「それについては私にはなんともいえないの。それは死神にしかわからないことだから。ただひとつ言えることは、彼らが予期した人物は必ず亡くなっているということ。事務方にはそれくらいしかわからないんだけどね。真理ちゃんのケースを見てもわかるように、対象は人間だけじゃなく、動物やあるいは物にまで及んでいることが多いのよ。まあ、今回に関してはユキちゃんの飼い主が届出をしていたから処理できたんだけどね」

「なんで、わたしなのかな?」

ずっと疑問に思っていた。どうしてわたしが死神なんだろう。自分じゃまったく自覚していないのに。師匠に聞いてもろくな答えは返ってこなかった。

「明確な理由はわからないようなのよね。ただ……」

「ただ?」

加藤さんが小さく肩を揺らす。

「死神の力はお互いを呼応しあっているみたいなの。お互いに特別な何かを感じている。そんなことを言っていたわね」

「特別な何か? それって何ですか?」

「それは私よりも大庭さんに聞いたほうが良いんじゃないかしら? 私はただの事務員だもの。……でもあえて言うなら、運命というものなんじゃないかと思うのよ」

「運命……」

「そう。私たちには推し量ることのできない神様の決めごと。……だからあの子も……」

加藤さんがふと漏らした言葉に、わたしはハッとして顔を上げる。すると彼女はばつが悪そうに顔をしかめた。

「さあ、仕事に戻らないと」

はぐらかそうとする加藤さんの背中に、問いかける。

「最初に来たときに『前回』って言ってましたよね? わたしの前に見習いがいたってことですか?」

すると加藤さんは困ったように眉をひそめて振り向いた。

「ごめんなさい。他の死神のことは口外してはいけない決まりなの。大庭さんに聞いてみてって言いたいところだけど、たぶん彼も教えてくれないと思うわ」

「死神同士は接触できないってことですか?」

「そういうわけじゃないのよ。ただ、私は何も話せないの」

悲しげに伏せたまつげが小さく震えているのがわかって、それ以上はなにも聞けなかった。


サブタイトルいつも悩む。

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