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長野市役所ダンジョン課  作者: 輝井永澄
9/10

再会のあとで

 地方自治体が主導して開発計画を推進中の、全国でも有数のダンジョンを、ダンジョン開発推進派の国会議員が視察中、襲撃を受けて行方不明――


 「第二次裾花ダンジョン事件」は、全国区のニュースとなった。


 襲撃してきたのが人間であり、しかも「特能者」で、かつ魔獣と人間が一緒になって襲ってきた、という点は報道では隠されているようだ。そのせいなのか、幸いにもというべきか、役所に対するバッシングは少なかった。



「特能者が、しかも未登録のやつが起こしたなんて、世に知れたらえらいことになるからな」



 市役所のオフィス内の休憩スペースで、おやき(・・・)を頬張りながらナナイが言った。なんでも、叔母が大量に作ったということで、リコが差し入れとして持ってきたのだ。



「全く、大失態もいいところだ」



 事件によって開発計画はめちゃくちゃになり、お陰でダンジョン課は先の予定がごっそりと空いてしまっていた。


 事件が事件だけに、政府や警察の動きを見ないことにはスケジュールを立て直すことも出来ない。お陰でダンジョン課は暇なのだった。



「失態じゃありませんよ。相手がヤバ過ぎたもん。あれは私たちの業務の範囲を超えてます。被害者ですようちら」



 リコがおやきのひとつを手にとって、2つに割りながら言った。



「あ♪ 山菜だ。やった!」


「……私のこれと交換しないか?」


「それなんですかぁ?」


「切干大根」


「じゃぁいいです」


「お前、上司の頼みを……」



 イサナは食べかけのおやきを手にしたまま、思いにふけっていた。



「……あ、そっか……」



 ヤバ過ぎると評した相手にミヤビが含まれていることに気が付き、リコは気まずい表情をした。



「……幼馴染だって?」



 ナナイがイサナに訊く。



「ええ……10年ほど前に行方不明になった……」


「ダンジョンに迷い込んだ……んだったよな? お前と一緒に……」


「そうです」


「神隠し、か……」



 「魔界の入り口」からダンジョンに迷い込み、行方が知れなくなる者は少なくない。古来より「神隠し」と言われた現象も、これが原因だったのではないかと、今では言われている。



「俺、その時のこと、よく憶えてないんです。だから、気がついたら、自分は助かってて、でもミヤビはいなくなってて……」



 そして、こんな形で自分達の前に現れた。しかも「特能者」となって――



「……お茶、淹れますね」



 リコが席を立った。



「……大事な友達だったんだな」



 ナナイが次のおやきを手に取りながら言う。



「……っていうか、兄妹っていうか保護者っていうか……」



 イサナは、自分の感情を探るようにして言った。このことをこんなに人に話したのは、初めてかもしれない。



「あいつの家、母子家庭で、母親がいわゆるパチンカスで、ミヤビはほとんどネグレクトされてたんす。だから、いつもうちに来てて……」


「……いたたまれないな」


「ええ……そのせいか、いつも俺にくっついて来てました」



イサナはお茶を飲もうとした。湯呑みの中は空だった。



「あの時、俺がお祭りを見に行こうって言って出かけて……それで気がついたらいつの間にか周りが『魔界』になってて……」



 リコが急須を持ってきた。ナナイは湯のみの中の冷めたお茶を飲み干した。





「あの人間は、お前のなんなんだよ?」



 ダンジョンの中、広間のようになった所へ設置されたプレハブ小屋で、リョウジがミヤビに詰め寄っていた。


 小屋の中にはテーブルが置かれ、ちょっとした会議室か食堂のような雰囲気になっている。中にはミヤビとリョウジの他、男女2人の人間がいた。



「……幼馴染よ、ただの……」


「それで、あのザマだってか?」


「うるさいな! 作戦は上手くいったんだからいいじゃない!」


「良くはない」



 出ていこうとするミヤビを遮って、別の男――香田が言う。



「あいつらは『聖域』を汚す俺たちの敵だ。戦わなければいけない相手なのだぞ」


「……わかってる。お兄ちゃんだろうと、わたしたちの土地を汚すなら……」



 ミヤビはプレハブを出ていった。



「ったく、しょうがねぇな、マジで」


「なに、戦いになったらちゃんと働くさ。それより……」



 香田はもう一人の女に向き直っていった。



「ユウ、『協力者』からの連絡は?」


「もうしばらく待つように、とのことよ。今、こちらの工作をしてる真っ最中だからって」



 微笑みを浮かべながら、ユウと呼ばれた女性が言う。両の目を閉じ、その額についたもうひとつの目を開いていた。



「……その『同盟』とやらも、いつまで続けるんだ?」


「必要な時にお互いを利用すればそれでいい。同盟ってのはそんなものさ」


「……フン。それじゃぁ、それまでは好きにしてりゃいいんだな」



 そう言い残して、リョウジはプレハブを出た。



「……気に入らねぇな」



 外で一人、涙を拭うミヤビを目にして、リョウジは苦々しく呟いた。その喉の奥に、炎が覗いた。



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