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長野市役所ダンジョン課  作者: 輝井永澄
8/10

暗闇の中へ

「なんだ……? どうなってる?」



 先ほどイサナと交戦していた火球を吐く特能者の男は、少し離れたところからその事態に気が付いていた。


 見れば、ミヤビとやり合っているのは、先ほどの「大腕」の男だ。ミヤビの「翼」から放たれた電光の矢を、その「腕」で身体をカバーしながら躱している。


 「大腕」の男が叫ぶのが聞こえた。



「なんなんだミヤビ! どうしてお前……それにその『能力』……ッ」


「うるさぁぁい! あっちに行って!」



 叫びに応えるミヤビの声と共に、立て続けに電光の矢が放たれる。「大腕」の男はかろうじてその直撃を避け、転げ回っていた。


 男は戸惑った。ミヤビがあんなに取り乱すなんて――それに、ミヤビの「翼」は強力だが、あんなにめちゃくちゃに撃ちまくっては身体がもつものではない。



「なんだ、あいつがなにか……」



 その時、銃声が響いた。


 体勢を立て直したらしい警察の対魔獣部隊が、短機関銃を撃ちかけてきている。



「ちっ……潮時か。まぁいい。目的は果たしたしな」



 男はミヤビが戦っている方へと、跳んだ。



「ミヤビ! 引き揚げるぞ!」



 男は叫んだが、ミヤビには届かないようだった。



「うあああぁぁぁぁぁっ!!」



 雄叫びを上げながら、宙を舞い、翼を翻し、電光を放っている。「大腕」の男はその攻撃に、必死に耐えているところだった。



「くそっ……」



 男は舌打ちをした後、目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。次の瞬間、見開いた男の眼は、火球を吐き出す時に見せた爬虫類のようなそれと変じていた。



 オオオオオォォォォォォッ!!!



 男の口から放たれたドラゴンの如き咆哮は、戦いの騒音を圧してダンジョン中に響き渡るものだった。空気が震える、というのはまさにこういうことを言うのだろう。


 その突然の大音響に、身体の自由を奪われたかのように、ミヤビたちは戦いを止めた。そしてようやく、ミヤビは男に気がついたようだ。



「リョウジ……!」


「引き揚げだ。早くしろ」


「でも……」



 ミヤビは一瞬、「大腕」の男を見た。



「いいから早く!」



 リョウジと呼ばれた男が、有無を言わせぬ口調で言う。



「……あんたがお兄ちゃんだろうと、そうでなかろうと……」



 ミヤビは「大腕」の男へ向き直って言った。



「わたしたちの土地を奪い、『聖域』を汚すのなら、敵だ」



 そう言って翼を広げ、舞いあがったミヤビは、身体を翻して飛び去る。リョウジもそれに続いて跳躍した。





 暗闇の中で、ナナイは目を開いた。


 ぼやける視界の中で周囲を見渡すと、崩れ落ちた岩と土砂の山の上に自分がいることに気がつく。


 上を見上げると、壁沿いの天井部分が崩れて穴が開いているのが見えた。そこから、土砂と共にここへ投げ出されたようだ。


 辺りは静かだった。先ほどまでの喧騒が嘘のようだ。ということは、あの争乱はひと段落したということか。


 しかし――周囲には、自分一人しかいないようだ。ということは、つまり――



「課長ー! どこですかぁー!」



 暗闇の向こう側から甲高い声が響いた。リコの声だ。それと同時に、ライトの灯りも見える。


 ナナイは、襟元につけたピンバッジ型の発信器トラッカーを見た。



「備えあれば憂いなし、だな……」



 ナナイは痛む身体を引きずって立ち上がり、灯りの方へ向けて歩いた。



「課長!」



 ナナイに気がついたリコが、駆け寄って身体を支える。その後ろには、金箱と美谷島の姿もあった。


 リコはタブレットを見せてにっこりと笑う。心なしか、その目は涙ぐんでいるようにも見えた。ナナイは笑い返した。



「……塚本議員は?」



 ナナイがそう訊くと、リコは表情を曇らせる。代わりに、美谷島が手を差し出した。その手のひらに、砕けたピンバッジ型の発信器トラッカーが乗せられている。


 ナナイは目を閉じ、天を仰いだ。


 考え得る限り、最悪の事態――これで、ダンジョン開発行政は10年は遅れるだろう。いや、もっと大変なことになるかもしれない。なにしろ、今回の相手は、ただ凶暴で危険なだけの魔獣ではない。明確に危害を加える目的を持って、襲撃してきた。しかも魔獣を使役して――



「……どうなるか、想像もつかんな」


「ま、なるようになりますよ!」



 リコの調子はいつもの通りだったが、さすがに声が震えている。



「いざとなったら、異動になるだけです。ほら、私たち公務員ですから……」


「……そうだな」



 ナナイはリコの肩を借り、暗闇の中へと歩いていった。



 これが、後に言う「第二次裾花ダンジョン事件」の顛末である。

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