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長野市役所ダンジョン課  作者: 輝井永澄
3/10

剛腕

「あ、ちょっと待って~!」



 イサナとナナイと共に奥へ向かおうとする坂上を、リコが呼びとめた。



「これ、つけてってください」



 リコが差し出したのは、小さなピンバッジのような形状のものだった。



「……これは?」


「ダンジョン内専用の発信器トラッカー。こっちのタブレットで場所を追跡できるの!」


「うちの独自開発なんです。この曽根原が作りました」


「……へぇ」


「備えあれば憂いなし、ですよ!」



 鼻をふくらませているリコに、坂上は素直に感心の目を向けていた。



「それじゃ、いきましょう」



 ピンを襟に付けた坂上の先に立って、ナナイが歩き出した。





 第一層は広大な空間だが、第二層に至る道筋は限られている。第一層の奥に、二重のゲートによって守られた通路がそれだ。


 ナナイが専用のセキュリティ・キーを使ってそのゲートを開き、奥へと歩を進める。


 ゲートの向こう側は、巨大な断崖になっていた。目の前の通路は途切れ、その先は言わば、絶壁で構成される壮大な吹き抜けになっている。



「この吹き抜けの下が『第二層』です」


「……どうやって降りるのかなこれは?」


「こっちに昇降機を設置しています」



 むき出しの鉄骨で設置された昇降機に乗り、一同は第二層へと降り立つ。赤土に覆われた、荒れ地のような場所だった。



「上の方は瘴気がだいぶ薄れていますが、この辺りに来るとだいぶ濃くなってきます」



 ナナイが瘴気計を見せながら言った。



「当然、魔獣も活発になってくるわけです」


「どこにもいないじゃないか、魔獣なんて」


「姿が見えてから警戒したんじゃ、遅いですよ」


「……確かに」


「こっちの方に、比較的安全な場所があります」


「見栄えはするかね? 視察的に」


「それはご自身で判断してください」



 ナナイは先に立って進んだ。イサナは二人の後から、ぶらぶらとついていく。



「長野市全域に広がっているとは聞いていたが……こう広いと、乗り物かなにか必要かもね。セグウェイとか」


「検討しておきます」


「美人の課長さんとはぜひ今度、別の乗り物に一緒に乗りたいけど」


「検討しておきます」



 坂上はべらべらと喋りながら進んでいく。キャリア官僚の出身だという話だったが、案外と軽い性格らしい。



「まぁでも、済まないとは思ってるよ。議員のわがままにつきあわせて……」


「いえ、ダンジョン開発推進派の有力議員の申し出を、無下には出来ませんから」


「……利権にまみれた剛腕タイプの族議員でもかい?」



 坂上の意外な言葉に、ナナイは振り向いた。



「地元の建設業者、商工会議所に警察。大規模な公共事業を行い、地元に金を落とす利益誘導政治。ダンジョン開発推進ってのは結局、そういう箱モノ行政のための方便だ。そうだろ?」


「……魔界技術開発公社の方の言葉とも思えませんね」


「個人の意見さ。ここの自治体を僕は、心配しているんだよ」



 戸惑った顔のナナイを見て、イサナは感心した。このクールな課長さんの、この表情を引き出すとは、なかなかのやり手と見える。



「ダンジョンは今や、利権の最前線だ。うちの公社だって、本当は天下り用に作られたんだ。だが、本当にそれでいいと思うかい?」


「……別にいいんじゃないっすか?」



 答えたのはイサナだった。坂上は振り向いてイサナを見た。



「地元への利益誘導のなにが悪いんですか? 公共事業ひとつで、どれだけの家族が何年喰っていけると思います?」



 坂上は驚いたような顔をしていた。イサナは続ける。



「俺たち役所の仕事は結局、利権をぐるぐる回すことによって成り立ってるんですよ。俺だって、それで喰ってる内の一人ですし」


「……しかし、それによって成り立っていた社会は最早限界に来ている。それはわかるだろう?」


「それをどうにかするのは、あなたがた中央の人間の仕事ですよね。俺たちにとっては、目の前の仕事とか、近くにコンビニが出来るかとか、道路の雪がちゃんと片付けられるかとか、そういうことの方が重要なんすわ。地方公務員はそれをまわすための歯車っすよ」



 坂上の口元が、冷笑するかのように歪んだ。



「イサナ!」



 不意に、ナナイの鋭い声が飛んだ。


 瞬間、イサナは坂上に掴みかかる。



「なにを……っ!?」



 イサナによって押し倒された坂上の頭上を、なにかが飛んだ。



「ゲェェッ……ッ!」



 イサナの背後で、名状しがたい呻き声のようなものが上がった。振り向いて見ると、蝙蝠の翼を生やした毛のない黒い猿のような生き物が、肩口を砕かれて地面に転がっていた。


 イサナは顔を上げた。正面に、ナナイが立っている。


 左手を前に身体を半身に構え、その手にはスリング・ショットが握られていた。


 ナナイの右手が、素早く次の弾をつがえ、目の高さに引絞って、撃つ。


 坂上の頭をかすめて飛んだ弾丸が、もう一匹の小悪鬼グレムリンの腹に命中し、叩き落とした。



「こっちへ!」



 イサナは坂上を物陰に引っ張っていった。


 その間にナナイはもう一発、弾丸を撃っている。その一発は別の小悪鬼グレムリンの脚を貫いた。地面に落ちたその、ちぎれた脚の部分が焼け焦げていた。



「あれ、なんだ!?」


「ああ、鉛の弾丸を銀でコーティングしてるんです。魔獣にはよく効くけど、高いんですよね」



 悠長に解説をしていたイサナはその時、別の気配に気がついた。反対側から濃い瘴気が漂ってくるのを感じる。



「あ、これやばいやつだ……」


「え?」



 訊き返す坂上には答えず、イサナは立ち上がり、前方を睨んだ。


 そこに立ちはだかる巨大な影、濃い瘴気の主――牛の頭をした巨人が、巨大な斧を携え、闇の中から姿を現していた。



「坂上さん、さっきは歯車だなんていいましたけど……」



 イサナは、シャツの袖をまくりながら言った。



「俺、それ悪くないって思ってるんです。だって、必要とされてるわけでしょ?」



 牛頭人ミノタウロスがその巨大な斧を振り上げ、雄叫びを上げた。


 イサナはそれに対抗するように、右の掌を牛頭人ミノタウロスに向かい、かざした――



 次の瞬間、坂上が見たものは、振りおろされた大斧と、それに向かい右手をかざすイサナ、そして――イサナの手に沿って宙に浮かび、大斧を受け止めている青銅色の巨大な右腕だった。



「利権とか難しいことはよくわかんないっすけど……能力が必要とされて、それを使うって、シンプルで良いっすよね」

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