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あの桃が流れ着いたのは

作者: 夢寺ゆう

 桃太郎のif設定です。10000文字程度で完結しました。後半から台詞が多くなります。

 それではどうぞ


 むかしむかしあるところに、一つの小さな村があった。その村は村人たち皆仲が良く、常に互いに協力しあい毎日楽しく暮らしていたのだが、そんな村には一つだけ大きな問題が。それは、鬼の出現。鬼は時々夜になるとふらりと村に現れ、畑の作物を荒し、家畜を食い荒らし、それを止めようとする村人を襲うという。村人たちは鬼を恐れ、夜は絶対に外を出歩かないようにしていたらしい。


 そんな村に老夫婦であるお爺さんとお婆さんがいた。

 とある日のこと、お爺さんはいつも通り山へ芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行った。

 お婆さんが洗濯をしていると、川上の方からドンブラコドンブラコと大きな桃が流れて来た。

 お婆さんは初めて見る大きさの桃に驚き、急いで川へと入り、桃を川から岸に上げようと試みた。

 その桃は見た目ほどの重さはなく、お婆さんでも軽く岸に上げることができて、その重さから恐らく中は空洞になっているのではと思ったお婆さんが桃に耳を当ててみると、中から微かに何かが動く音が聞こえてくる。


「どうかしたのかい?」


 お婆さんが桃に耳を当てていると、後ろからお爺さんの声が聞こえてきた。どうやら芝刈りを終えたみたいだ。


「この桃が川上から流れて来たんですよ」

「これはこれは、大きな桃だね。持って帰って食べてみようか」


 お爺さんが桃を持ち上げると、お婆さんのときと同じような反応を見せる。


「これは随分と軽いね。中身が入ってないのかな?」

「中から何か音がするんですよ。中に子供でも入っているかもしれませんね」


 冗談半分でそんな会話をしながら二人は家に帰っていった。




 家に帰り、早速桃を切ってみることに。中に何かが入っていることはわかっていたので、間違って切ってしまわないように細心の注意を払いながら大きな包丁で桃を切っていくと、桃の中から何ともまぁ可愛らしい元気な赤ちゃんが生まれたではありませんか。

 まさか冗談半分で言っていたことが本当になるとは思わなかった二人は大層驚いた。


 しかし、それも一瞬のこと。二人には今まで子供がおらず、ずっと二人で暮らしておりました。元気に泣く赤ん坊を見て、この子は子供ができなかった二人へ神様からの贈り物なのではと思ってしまうのも自然のことだったのだろう。二人はこの子に桃から生まれたので『桃太郎』と名付け、自分たちの子供として大事に育てようと誓いを立てた。




 桃太郎は毎日良く食べ、良く寝、良く遊んで、すくすくと育っていった。


「ほら桃太郎、沢山食べて大きくなるんだよ?」

「はい!」

「お爺さんも、そろそろトマトを食べれるようになった方がいいんじゃないですか? 桃太郎も見てますよ?」

「う、うむ」

 

 こんな楽しい時があっという間に過ぎていった。



 いくらか時が過ぎ、立派に育っていた桃太郎がある日村を散歩していると、村人たちがあることを話しているのを偶然聞いてしまった。


「またやられたぞ。牛が五頭だ」

「うちは鶏をやられた」

「うちはトウモロコシ畑だ」


 村人たちの話を聞くに、この村には時々鬼がやって来て畑や牧場を荒らしていくのだそうだ。鬼は決まって夜にだけ現れるので夜は誰も外を出歩かず、桃太郎もお婆さんからそういう風に言われていた。


「…………鬼」


 何でも鬼は真っ赤な顔に角が二本生え、大きな金棒を持っている大層恐ろしい姿をしているとのこと。過去には村人も襲われたことがあるらしい。

 鬼の存在を恐れている村人たちを見て、正義感の強い桃太郎は聞き込みを始めることに。

 村人たちの情報によると、鬼は海を渡った先にある地図にも載っていない鬼ヶ島という島に居着いており、食料がなくなると一番近いこの村に来ては家畜やらトウモロコシやらを食べに来ているそうだ。鬼が来るのは不定期で、一週間おきに来ていたこともあれば、二年間来なかったこともあったらしい。

 鬼はその鬼ヶ島に金銀財宝を隠し持っており、それを目当てに船を出して鬼ヶ島に向かった者もいたそうなのだが、鬼ヶ島の近くは霧が濃くて簡単には見付けることができなかったらしい。


「…………」


 桃太郎は考えた。村人たちの恐れる鬼を退治し、さらにその金銀財宝を持ち帰れば、家畜や畑を無茶苦茶にされた人たちの生活の足しになり一石二鳥なのではと。


 桃太郎は聞き込みを終え、家に帰る前に実際被害にあった畑に寄ってみることにした。そこには確かに激しく荒らされた跡が。畑の作物は食い荒らされていたり、大きな傷が付いていたりととても食べられる状態ではなかった。


「……? これは……?」

「ここもなのか!! これで一体何回目だ! ここの村人は一体何をしている!!!」


 桃太郎が畑でもっと何か手がかりはないかと探していると後ろから大きな声が聞こえてくる。

 声を張り上げているのは、ここの村を治めている領主である。


「ここもその鬼とやらが出たのか!」

「はい。どうやらそのようです」


 領主とそのお付きの者が今回の被害を見に来ているようだった。領主は大変憤慨しており、顔を真っ赤にしている。


「何故この村の者どもはそんな鬼とやらを放置しておるのだ。何故さっさと退治せん!」

「鬼は決まって夜中にやって来るようでして、それに来るのも不定期なため、待ち伏せも難しいのかと。過去に何度か試みた者もいたようですが、皆手も足も出なかったようです」

「これでは私へ納める分がどんどん減るではないか! こうなったらさらに税を上げて……」

「ですが、今の状態で納める分を増やしてしまえば村人の分がほとんど無くなってしまいますが」

「そんなの知ったことか。ここは私の村だ! 全員私に従っていればいいのだ!」


 この村はあの領主に税を払って暮らしている。食料を生産している者は食料で、その他の者はお金で税を払っているのだ。鬼のせいで領主に入ってくる分も減っているため領主は憤慨しているようだ。


「……決めた」


 このままでは税が上がってしまい、村の人たちの生活がより一層大変になってしまう。だが、鬼さえ退治してしまえば税が上がる心配もなくなる。そこで桃太郎は一大決心をする。





「お爺さん、お婆さん、俺はこれから鬼退治へと向かおうと思います」


 家に帰り、二人の前に正座した桃太郎はハッキリとそう告げる。


「……鬼退治? お前さん、正気か?」


 お爺さんが桃太郎に怪訝な表情を向ける。何十年も前からこの村を苦しめている鬼を退治しようと言うのだ。おかしくなったと思われても仕方がないのかもしれない。

 しかし、桃太郎の目は冗談を言っているようでも、ましてや気が狂ったようにも見えない。


「……本気なのかい?」


 お婆さんが心配そうに桃太郎を見つめる。桃太郎が無言で一つ頷くとお婆さんはゆっくりと腰を上げ、台所からいくつかのきびだんごを袋に詰めて持ってきた。


「持っていきなさい。あんたこれ好きだろ?」


 桃太郎はお婆さんが作るきびだんごが昔から大好きだった。

 桃太郎はそのきびだんごを受けとり、鬼ヶ島へ向かう支度をしていると、突然家の扉が開け放たれる。


「おい! 爺さん婆さん大変だ!」


 そこにいたのは村人の一人だった。彼はお爺さんとお婆さんと昔からの付き合いなのだ。


「どうしたんだい? そんなに慌てて」

「落ち着いて聞いてくれ。領主のヤロー、税を今までの倍に引き上げやがった!!」

「「「……!」」」


 桃太郎は先程聞いていた会話を思い出す。まさかこれほど早く行動に移すとは桃太郎も完全に想定外である。


「やはり一秒も待ってられませんね。俺は今からでも出発します」


 桃太郎は刀を左腰に刺し、右腰にはお婆さんから貰ったきびだんごを下げる。


「ん? どこか行くのかい?」

「ちょっと、鬼ヶ島まで」

「え」


 桃太郎は村人の質問に一言そう答え、家を出る。


「桃太郎!」

「お爺さん?」


 そんな桃太郎をお爺さんが呼び止める。お爺さんは何とも言えない顔で言葉を紡いでいく。


「何があろうともお前はワシの息子だよ。それを絶対に忘れないように」

「……ええ。お爺さんとお婆さんは俺の大切な両親ですよ」


 桃太郎は一度お辞儀をし、そして海のある方へと駆けて行った。





「やっと海に着いたな。さて、まずは船を……」


 桃太郎は森の途中で会った犬、猿、キジを連れて、海までやって来ていた。ここから船で海を渡り、鬼ヶ島まで行かなければいけないのだ。


「……? ところで鬼ヶ島ってどこにあるんです?」

「ていうか霧が濃くないか?」

「この辺りはいつもこのくらいの霧ですよ。私はよくこの辺りまで飛んできますからね」


 犬、猿、キジがそんな会話をしている。確かに辺りがまったく見えないというほどではないが、霧のせいで海の先が見えない。

 

「そういえば鬼ヶ島の周辺も霧が濃くて簡単には辿り着けないって村の人たちが言ってたな」

「それはここも同じですよ? 貴方の村や他にも色んな村が複数あるこの島はいつも霧に包まれていまして、海から船で見つけるのは簡単ではありません」


 桃太郎の言葉にキジが反応する。キジはいつも空を飛んでいるため、桃太郎たちが住んでいるこの島の周りがいつも霧に覆われていることをよく知っているようだ。


「……? 鬼ってその鬼ヶ島とやらにいるんですよね? よく鬼は毎回この島に来れますね。鬼ヶ島もこの島も霧で覆われているのに」

「…………っ!」


 犬の何気ない一言に桃太郎が何かに引っ掛かる。

 確かに、村人たちの情報によると鬼ヶ島は簡単に見つけることができないほどの霧に覆われていて、この島もキジによれば同じように霧に覆われているらしい。

 なのに、それなのに何故か鬼は毎回毎回この島に辿り着き、そして鬼ヶ島へ帰っている。

 そこで桃太郎はある仮説に辿り着く。


「本当に鬼はこの島に、俺らの村に辿り着いているのか?」

「どういうことです?」

「お前らの村は鬼に被害を受けているんだろ?」


 そう、桃太郎たちの村が被害を受けているのは確かである。なら、どうやって?


「まぁ、そろそろ日も暮れますし、この霧で更には暗闇の中で海を渡るのは危険ですし、海に出るのは明日の朝にして今日はここで野宿にしましょう」

「…………っっ!!」


 キジが桃太郎たちにそう言うと、賛成賛成という声が犬と猿から上がる。

 しかし、桃太郎はキジの言葉で更に大きな疑問が浮かんでくる。

 ――何故鬼はわざわざ夜中に村に現れるのか。

 誰にも見つからないようにするため? 確かにそれもあるのだろう。しかし、過去に待ち伏せしていた村人が手も足も出なかったと言われるほど鬼は強いはず。それなのに何故深い霧という悪条件の上、更に暗闇という危険をプラスしてまで真夜中に海を渡るのか。


 もし、もしも、真夜中じゃないといけない理由が何かあるのなら。そして、霧も暗闇も問題にならないのだとしたら。

 そこから桃太郎が導き出した答えは、自分でも信じられない答えだった。


「そもそも、鬼は海を渡っていない……? いや、それどころか、渡る必要がないのだとしたら………………」


 ――鬼は初めから、あの村にいた(・・・・・・)……?








 村の人々が寝床につき、村全体が静寂に包まれる。

 そのため、普段は気にならない扉を開ける音もやけに大きく聞こえる。


「…………」


 開いた扉から足を外に一歩踏み出す。その足には履き物らしき物は履かれておらず、素足だった。ゴツゴツと岩のように固そうな足は赤土のような色をしている。いや、足だけではない。腕も、身体も、顔も、全身が赤土のような赤茶色の皮膚で覆われているのだ。


 額の両端から角が二本、天へ向かって真っ直ぐ伸びており、右手には重そうな金棒が握られている。

 村で最も恐れられている鬼とそっくりそのままの姿形だ。

 それもそのはず、彼こそが何十年にも渡りこの村に恐怖を運んできた鬼なのだから。


「……行くか」

「どこへ行くんです?」

「っ!」


 その声のする方へ振り返る鬼。すぐさま金棒を構え、いつでも戦闘できる体勢に入る。

 しかし、その金棒を握っていた手には、すぐに力が入らなくなる。


「もうこの村には当分狩るものはありませんよ。貴方が昨日全部狩ったんですから。そうでしょ? ……お爺さん(・・・・)

「…………」


 姿形は変わっていても、鬼からは僅かにお爺さんの雰囲気が出ていた。お爺さんをよく知る者ならすぐにお爺さんとわかるだろう。


「……何でここにいるんだい? 鬼ヶ島に向かったはずじゃ……」

「初めから何か違和感はあったんです」

「……」

「村人たちの話には納得できない部分がいくつかありました」


 そう、村人たちに鬼の話を聞いて回った桃太郎は、その時から所々で違和感を覚えていた。

 まず、鬼の出没時間。鬼は必ず真夜中に現れる。では、その理由は? 誰にも姿を見られないようにするため? では何故見られてはいけないのか。鬼は待ち伏せされても簡単に返り討ちにできる程の力を持っている。確かに誰にも邪魔をされずに作物や家畜を荒らす方が楽なのかもしれない。だが、何十年もの間、一度も明るいうちに現れたことがないというのはもっと他に理由があるからではないのか? ましてやこの島の周りは霧で覆われており、ただでさえ見つけにくいこの島にわざわざ真夜中に来る方が面倒である。


「つまり、貴方は絶対に姿を誰にも見られちゃいけなかったんです。今の俺のように、もし親しい人にその姿を見られてしまえば、すぐに正体がバレてしまうから。それに、昼間は人間の姿でお爺さんとしてこの村にいないといけない。だから昼間は鬼が出なかった。違いますか?」

「…………」


 お爺さんは桃太郎の推測の先を黙って促す。


「次に、鬼の出現頻度です」


 そう、鬼がこの村に来るのはかなり不定期なのだ。話によると、一週間おきに来たこともあれば、二年間一度も来なかったこともあったらしい。


「村人たちが言う通り鬼の目的が食料調達なのだとしたら、この不定期さはどう考えてもおかしい。どちらかの情報が間違っているとしか考えられない。実際に被害を受けているのは村人たちなのだから鬼がいつやって来たのかは本人たちが一番よくわかっているはずです。だとしたら、間違っているのは『食料調達のため』という目的の方です」


 この島にはいくつもの村がある。しかし、鬼の被害が出ているのはこの村だけなのだ。他の村の住人は、この島に鬼が出るということすら知らない。他の村に弱味を握られまいとこの村の住民が一切口外していないからだ。つまり、鬼が現れなかった一年間は別の村に行っていたという線もなくなる。


 ――なら何故村人たちは食料調達が目的だと思い込んでいるのか?


「貴方がそう吹き込んだのでしょう? 村人たちにはそう思い込ませた方が本当の理由を隠せておけるから。そして、貴方が村人たちに吹き込んだのはそれだけじゃない」

「……というと?」

「地図にも描かれていない霧に覆われた鬼ヶ島という島に鬼は住んでいる。……本当は『鬼ヶ島』なんてないんじゃないんですか? いや、違うか。……ここが(・・・)この島(・・・)が貴方の言う『鬼ヶ島』なんじゃないんですか?」

 

 霧に覆われた鬼の住む島。それが鬼ヶ島。


「……ふふふ、ふはははははは! すごいなぁ桃太郎は。それだけの情報からこの村に鬼が住んでいるということに気付くとは。何十年も誰も気付かなかった、そもそも、鬼がこんな普通の村に住んでいるなんて誰も思うはずがない。その発想と推理力は本当にすごい。でも、何故それだけでワシが鬼だとわかった? それだけならこの村の住人全てに可能性があると思うんだがね。ワシが鬼についての情報を嘘と本当を交えながら流していたという証拠はないはずだよ?」


 確かに、村人たちはその情報を誰から聞いたのかは誰も覚えていなかった。それはそうだ。鬼がこの村に初めて現れたのは何十年も昔の話。お爺さんは初めに少しだけ噂程度にその情報を流しただけで、後は勝手に広まっていっただけなのだから。そんな何十年も前の元々は小さな噂が誰から発信されたかなんて誰もわかるはずがないのだ。


 だから、桃太郎がお爺さんを鬼と考えたのはその噂からではない。桃太郎が自分の目で確認した情報からである。


「……そんな姿になっても、トマトが嫌いなのは変わらないんですね」

「……!」


 この村の被害は牛や豚などの家畜に加え、トウモロコシなどの畑で取れる作物。これらの被害にあったものはほとんどが食い荒らされていたのだ。牛も豚もトウモロコシも茄子もリンゴもブドウも、全てに齧られた痕があった。

 しかし、トマトにだけは歯形は付いていなかった。トマトだけは歯形の代わりに爪痕が残っていた。

 どっちにしろ傷の付いたものはもう食べられない。つまり作物や家畜が使い物にならなくなったことには変わらない。だが、桃太郎が疑問に思うには充分だった。


「初めはあまり気にはしていませんでした。でも、もし鬼ヶ島なんてものはなく、鬼がこの村に住んでいるのだとしたら……その仮説を立てたとき、一番鬼としてしっくり来るのが貴方だった。ただそれだけです。……まぁ、当たって欲しくない仮説でしたけどね」

「……観察力まで優れているんだね、お前さんは。まさかそんな些細なことからワシが最も初めに疑われるとは」


 お爺さんは、凄いを通り越して呆れたとでも言いたげな表情になる。


「それで、俺からの質問に戻ります。もうこの村には狩るものはないはず。……何処に、何をしに行くんですか?」


 桃太郎はお爺さんの握る金棒に目を向ける。今まで何十何百もの家畜をあれで殺してきたのだろう。だが、今はその家畜もいない。では、何故そんな金棒を持って、お爺さんは鬼の姿で家を出たのか。


「まだだよ。少し狩り残しが見つかったからね」


 お爺さんは金棒を肩に担ぎながらそんなことを言う。しかし、金棒を使って狩らなければいけないような家畜は既に昨日、他でもないお爺さんの手で全て狩られている。


 だとしたら……


「…………まさかとは思いますけど、領主を狩りに行く……なんて言いませんよね?」

「…………」


 桃太郎の言葉に無言になるお爺さん。昨日全て狩ったのだから今日はその必要はないはずだ。そもそも対象となるものがない。つまり、今日になってその対象ができたのだ。そこで桃太郎が初めに浮かんだのは、桃太郎が家を出る前に入ってきた情報。


「税の引き上げ。それを理由に、領主を殺すんですか?」

「そうだと言ったら、どうする?」

「……流石に止めます。貴方が誰かを殺すところなんて見たくない」


 桃太郎は腰に刺さった刀を抜き、身体の前でゆっくりと構える。


「……お前さんに剣を教えたのはワシだったはずだが、勝てると思ってるのかい?」

「やっぱり、それが家畜や作物を荒らす理由だったんですね」

「……? なんのことだい?」

「領主に納める分をなくすため、家畜や作物を駄目にした。駄目にしてきた」

「……何を言っているんだい? そんなことしたら確かに領主に入らなくなるはなるが、農家の人たちだって生活が出来なくなるじゃないか」

「そう。本来ならそうなるはず。でも、そうなっていない」

「…………」


 お互い刀と金棒を構えながら対話を続ける。


「これが、鬼がこの村に来るのが不定期だということに繋がるんですよ」

「…………ほう」

「この村はこの島にある他の村の比にならないほどの頻度で領主が変わっています。そして、貴方が頻繁にこの村を襲う時の領主には必ずとある共通点がある。不法に村人から税を巻き上げ、それを村人たちのために使うのではなく全て自分の懐に仕舞い込んでいる。今の領主のように」

「…………」

「何故二年も被害がなかった年があるのか。何故一週間おきに被害があった年があるのか。何故鬼の被害に遭っているのにこの村の住人は金銭面にそこまで大きな問題がなく暮らせているのか。何故この村の領主はそんなにも頻繁に交代しているのか」


 桃太郎の最も凄いところは発想力でも、観察力でも、推理力でもない。情報収集能力だ。たった一日でここまで情報を集められる者など他にはいないだろう。


「……今までの、村人のお金で悪事を働いていた領主たちは皆、貴方が殺してきたんですか?」


 桃太郎が真実に踏み込む。


「……その領主たちが稼いだ汚いお金を誰にも気付かれないように村人たちに配っていたから、生活が出来なくなる人が一人も出なかったんですか?」


 一歩、また一歩と確実に真実に近付いていく。


「……だから、領主によって鬼が現れたり現れなかったりしたんですか?」


 それは間違いなく真実で、


「……それで、そんなんで、村人たちを守っているつもりですか?」



 間違いなく、間違っていた……。



「貴方のしていることは間違っています。悪だから殺す、善だから生かす。家畜や作物を荒らすのはそれで領主の本性を知るため。そこで村人のためを思って行動する者は領主として認め、自分のために行動する者は認めず殺す。そんなのは絶対に間違っています。そんなことをしても、誰も感謝なんてしませんよ」

「……………………」

「…………? っっ!!!」


 一瞬だった。一瞬でお爺さんは姿を消し、気が付けば桃太郎の目の前で金棒を振りかぶっていた。


「……ぐっ!!」


 桃太郎の脳天目掛けて振り下ろされた金棒はギリギリのところで桃太郎の刀に止められる。


「……感謝? お前さんはそんなくだらない物のためにワシが領主たちを殺してきたと思っているのかい? 違うよ。ワシはただ、この村の人たちに幸せに暮らして欲しいだけだ。感謝なんていらない。欲しいのは村人の笑顔だよ。ワシはこの村を心の底から愛しているからね」


 金棒と刀の何度もぶつかり合う。静まり返る村に金属と金属の衝突音が鳴り響く。


「そんなものは愛じゃない。誰かを殺した上に成り立っている幸せなんて、本当の幸せじゃない! 本当の幸せっていうのは、全員が笑って暮らせる世界のことだ。そこには領主も、当然貴方も入っている!」

「ワシが殺してきた領主や今の領主が笑うということは、村人たちが悲しむということだ。綺麗事ばかりじゃあ、この世界は成り立たない。覚えておけ桃太郎。大人になるということは、自分が最も守りたいものを決めることだ。そして、それを決めたら、他の何を犠牲にしてでもそれは絶対に守らなければいけない!」

「……っっ!! ガハッ!!」


 ガキィンという音とともに桃太郎の刀が弾き飛ばされる。さらにその隙をつき、お爺さんの蹴りが桃太郎の腹に入り、桃太郎は吹っ飛ばされる。


「……この村はワシが初めて人間(・・)として暮らせた場所なんだよ。自分が鬼だということをずっと恨めしく思っていた。鬼である自分がずっと大嫌いだった。姿形は人間に変化できても、心の底から人間に成りきることはできなかった。だが、この村で初めて友に出会い、初めて愛する女に出会い、初めて誰かを守りたいと思った。この村の者たちを苦しませる者がいるのなら、全力で排除すると決めた。ワシは生まれて初めて、自分が鬼であることに感謝した」

「…………」

「この村の者たちを守るためなら、それを邪魔する者がいるのなら、ワシは喜んで鬼となろう!」


 お爺さんが桃太郎に金棒を振り下ろす。

 刀はなく、避けるのも間に合わない。ここで桃太郎が取れる行動は一つだけだった。


「……う、うおぉぉぉぉ!!!!」

「……! ワシの金棒を腕だけで……。やはりお前さんは凄い」


 両腕をクロスさせ、金棒を受け止める。

 血が流れ出る。腕の骨が潰れるのがわかる。それでも桃太郎は力を振り絞る。


「…………本当に喜んで鬼になってるんですか?」

「……何?」

「本当に今まで嫌ってきたその力を、心の底から望んで使っているんですか?」

「…………」

「本当は、誰も傷付けたくない。誰も殺したくない。ただ、笑って暮らしていたい。それだけが望みなんじゃないんですか?」

「……お前さんに何がわかる」

「…………」

「人間のお前に鬼であるワシの何がわかる!!」 


 金棒を握っている手に更に力が入る。

 ミシミシと桃太郎の腕からは嫌な音が聞こえてくる。


「……っ知るかよそんなもん。俺は人間のアンタに聞いてんだよ!!!」


 桃太郎がお爺さんの腹を蹴り飛ばす。

 何とか距離をとった桃太郎だが、両腕は既に使い物にならずブラリと力なく下に垂れ下がっていた。だが、そんなものはお構いなしに桃太郎は言葉を続ける。


「……俺は、一人の人間としての貴方に聞いているんだ。俺が家を出る前に、何があっても俺はアンタの息子なんだと、そう言っていたアンタに聞いてんだ! 答えろ! 俺の父親の本当の気持ちを!」

「……っ!」


 がらん、と金棒が地面に落ちる。

 俯いたお爺さんの表情は見えない。桃太郎は両腕の激痛に耐えながらもお爺さんに近付いていく。

 お爺さんの顔を覗いてみると、その頬には一筋の涙が。


「…………相手がどれだけ憎くても、人を殺すときの感触はいつになっても慣れるものじゃない。いや、あれは慣れてはいけないものだ。慣れてしまえば、それこそ本当に怪物になってしまう。そういう意味では、ワシはまだ人間だったようだね」


 お爺さんの肌が徐々に肌色へと戻っていき、額の角はゆっくりと消えていく。一回り大きくなっていた身体は元の大きさに戻り、いつものお爺さんがそこにはいた。


「帰りましょう、お爺さん。お婆さんは朝が早いですから、そろそろ起きちゃいますよ」

「……そうだね、それはまずい。帰ろうか」


 二人は微かに明るくなった東の空を背に、自分達の家に向かうのだった。








 次の日、税の引き上げが取り止めになった。何でも桃太郎が鬼ヶ島で両腕を犠牲にしながらも鬼を倒して来たという噂が村中に流れたのだ。村人たちは大いに喜び、領主が桃太郎に褒美を与えると言ったのだ。桃太郎は税の引き上げを取り止めにしてもらい、今後は税の使い道を村人に全て公開するようにお願いした。

 領主は村の英雄のお願いを破るわけにもいかず、それに従った。

 こうして村は以前よりもよりいっそう皆が笑顔で暮らせる素晴らしい村へと発展していった。





 むかしむかしあるところに、一つの小さな村がありました。

 その村には英雄と呼ばれる少年がいました。

 人間のお婆さんと鬼のお爺さんに育てられたその少年は、ある日突然川上から流れてきた大きな桃から生まれたことから、『桃太郎』と名付けられ、三人仲良く暮らしておりましたとさ。





                おしまい




 桃太郎が凄い饒舌なお話でした。最後は皆が笑顔で暮らせる村になったということで多分ハッピーエンドになったのではと思います。

 良ければ感想なんかも書いていただけたら幸いです。

 ここまで読んでいただきありがとうございました。

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