008 いくらあったっけなぁ
ニーリウスの街は周囲を五メートルほどの高さの壁に囲まれた城塞都市。
壁の内側には建物がひしめき合ってるけれど、汚物が垂れ流しにされていたりはしない。
衛生観念は低いながらもこの世界に浸透しているらしく、汚物による疫病などはしっかり対策されているそうだ。
無論、魔道具が活躍している。すごいね、魔道具。うちの屋敷のトイレもこの魔道具で処理してるのかな?
色んな種類の人間が通りを歩く姿はまさにファンタジーの世界だ。
色んな魔物を日常的に見ているボクだけど、やっぱりこういう風景は心躍るものがある。ついつい窓にべったりと張り付いてしまうくらいには。
しばらく馬車が進むと何やらとても賑わっている大きなお店の前で一度停まり、御者席から話し声がかすかに聞こえたあとにまた動き出した。
「お嬢様、到着しました」
動き出した馬車だったけれど、すぐにまた止まって御者席側にある小さな窓が開いて家畜一号から声がかかる。
それとほぼ同時に馬車の扉が開き、モンちゃんが先に出てグレ君が補助しつつボクも降りる。
どうやら家畜一号から聞いていたニーリウスで一番大きい商会に着いたみたいだ。
あ、ちなみに今のボクはどこかのなんとかというお嬢様だそうです。
そして家畜一号はあの惨劇のあった迷いの大森林で奇跡的に大量の貴重な森の恵を得ることに成功した幸運な冒険者、という設定。
あれよあれよという間に高そうな調度品が置かれた大きな商談用と思しき応接間に通され、事前に練習しておいた通りに挨拶を済ませる。
相手側はなんと商会長さん自ら商談に赴いたみたい。それだけ今回持ってきた森の恵が貴重なんだろうね。
でも、これでもうボクのここでの役目は終わり。
屋敷のメイドたちが気合を入れて作ってくれた華やかなドレスを着て、なかなか座り心地の良いソファーにお行儀よく座って待つだけだ。
交渉なんかは幸運な冒険者君がやってくれる。
彼はベテランだからね。こういった交渉事にも精通しているらしい。本当に便利だよね、彼。
おすまし顔で隣で白熱している商談を流すこと二十分あまり。
やっとまとまったらしく、最終的な金額が相手側から提示され書類がどんどん作成されていく。
屋敷にも植物紙はなかったし、家畜一号から聞いて知っていたけど本当に羊皮紙が正式な書類にも使われているようだ。嵩張って大変じゃないのかな?
そんなどうでもいいことを考えている間に書類の作成は終わり、家畜一号と商会長さんが堅く握手を交わし、ボクには握手ではなく手の甲にキスをしてくる。
ちゃんと純白のドレスグローブをつけているのであとで捨てよう。
こうして無事奴隷購入用の資金を手に入れることができたけど、全然実感が湧かない。
どうせすぐ消えるお金だしね。
ついでに家畜一号が気を利かせて一番大きな奴隷商への紹介状を書いてもらっていたりもした。本当に彼は便利だねぇ。
紹介状をもらったとはいえ、今日すぐに奴隷商へ行くわけじゃない。
もう日が傾いて通りをオレンジ色に染めているし、ボクたちが行ったこの大きな商談はすぐに色んなところに噂として流れるだろう。当然奴隷商の元へも。
紹介状があるから門前払いはないにしても、噂があるのとないのとでは雲泥の差だと家畜一号からの進言もあって時間を少し置くことにしてあるのだ。
泊まるのはニーリウス一の高級宿。
せっかく街に着たんだからこれくらいの贅沢はしておきたい。だってお金はあるんだもの。ケチケチする必要はないのさ。
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「では予定通りに俺はこれからギルドへ行ってきます」
「はいはい、いってらっしゃーい。グレ君も一応気をつけてねー」
家畜一号は冒険者なので一応ギルドに顔を出す必要があるらしい。
しかも大量の貴重な森の恵を持ち帰ってきた幸運な冒険者だからね。
惨劇のこともあるし、ギルド側も話を聞く必要がある。
中堅どころの彼は強制的に呼び出される可能性もあるので、面倒になる前に自主的に話をしにいくことになっている。
貴重な森の恵を得られる超危険な森の奥までどうやって辿りつき、如何にして生還したのか。
それは一緒についていくグレ君が助けてくれたということにしてある。
そしてグレ君はどこかのなんとかという貴族のお嬢様の護衛兼執事で、お嬢様の我儘を叶えるために迷いの大森林で探索をしていたとか云々。
なんだか荒が目立つ話だけど、このくらいの方がいいらしい。
貴族が私兵として強い人間を雇用するのはよくある話だし、我儘お嬢様なんてのもよくいるそうだ。
そしてギルドは貴族が絡んでいる案件に関しては深く詮索しない。
よくあるファンタジーラノベのギルドほど力が強くないらしいからね。要らぬトラブルを自ら引き寄せることはしないそうだよ。
グレ君たちを適当に見送ったあとは着替えて、宿の探検をモンちゃんと一緒にしてみた。
いくつかあった部屋は調度品の質なども加味しても、そこそこ?
大きなベッドはふかふかだけど、屋敷にあるボクのベッドの方が質はいい。
お風呂もあるけど小さい。当然ながら石鹸もシャンプーもリンスもない。
「これでこの街で一番の高級宿のスイートねぇ……」
まぁ有り体にいってしまえば期待はずれだった。
でも、部屋に運んでもらった夕食は美味しかったので、評価を期待外れから普通に変更しておいた。
グレ君たちも夕食を食べている間に戻ってきたので、ついでにギルドでのことを報告してもらう。
結果は家畜一号の予想通りで深くは詮索されず、彼のギルドランクが上がり、その手続をして解放されたそうな。
これであとは明日奴隷を購入して適当に街を見て回るだけだ。
小さいお風呂に入って持ち込んでおいたお風呂セットで尻尾を念入りに綺麗にしておく。
ニーリウスへの道中はお風呂になんて入れなかったからね。一日お風呂に入れないだけでなんだかボクの尻尾の毛並みがうっすら落ちたような気さえする。
モンちゃんが念入りに櫛をいれてくれていたけど、やっぱりきちんと手入れをした方がいいと思うんだ。
ダンジョンマスターになってからあまり感じなくなった疲労だけど、二日も馬車に揺られてさすがに疲れが溜まっていたみたいだ。
ベッドに入った瞬間にはあっという間に意識が落ちてしまった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
奴隷制度が普通に存在するこの世界では、奴隷商も立派な商売。
裏路地でこっそりと営業しているような奴隷商は所謂法に触れるような手段で奴隷になった者を扱う闇奴隷商らしい。
ボクたちが向かっているのはそんな闇奴隷商では当然なく、大通りの一等地に大きくお店を構えているところだ。
さすがはニーリウス一の商会が推薦する奴隷商。
建物は総石造りでまるでお洒落なホテルのようだ。
ただ他の商会とは違って強そうな門番が二人立っていたけど。
その門番に家畜一号が紹介状を見せたのだろう。止まっていた馬車はすぐに動き出した。
少しして御者席とつながる窓から家畜一号が到着の報告をして、商会のときと同じ手順で馬車を降りる。
……お嬢様役もだんだんと面倒くさくなってきたなぁ。
紹介状の力なのか、待たされることもなく小さな体育館ほどもある応接間へと通された。
ソファーはふかふか。出された紅茶とお菓子もなかなか美味しい。
体育館ほどもある応接間はたくさんの奴隷を並べて選ぶためのスペースだそうな。
一人一人紹介するよりも、並べて見比べさせた方が売れるそうだ。家畜一号が鼻息荒く説明していたのでよく覚えている。
二個目のお菓子に手を伸ばそうとしたタイミングでノックがあり、奴隷商が部屋に入ってきた。
仕方なくお菓子を諦めて、挨拶を交わす。
やはり紹介状の効果は覿面だったようで、現れたのはこの奴隷商をオーナーだった。
さすがはニーリウス一の商会長さんの紹介状だ。
基本的な交渉は全部家畜一号が行なうのでボクはおすまし顔で奴隷が並べられるまで待っているだけ。何せどこかのなんとかという貴族のお嬢様だからね。
何度かオーナーがボクに話を振りたそうにしていたけど、全部スルーしているとやっと肝心の奴隷たちが並べられ始めた。
……話長いよ、オーナー。
並べられた奴隷たちは見窄らしい格好をして死んだような目をしているようないかにもといった奴隷ではない。
家畜一号に教わって知っていたけど、本当に身ぎれいにしているし綺麗な顔立ちの子が多い。
でも、ボクが欲しいのはMPを多く保有している奴隷だ。
もちろん家畜一号が要望をちゃんと伝えているので、紹介された全ての奴隷が比較的高いMPを保有している。
確認方法は魔道具を使って行われ、専用の魔力測定器の光具合で保有している魔力がわかるそうだ。
ちなみに試しにやってみせてくれた家畜一号は中心が少し光っただけだった。
抵抗を入れても彼からは一日にMPが100吸い出せる。
紹介された奴隷は全て彼よりも光が強かったので、最低でも一人につき100MP以上は吸い出せる。
うまく支配権を得られれば抵抗もなくなるからもっと吸い出せるはずだ。
支配権を得られなくても数を揃えれば十分にMPを確保できる。
購入するのは確定だね。
問題は何人買うか。いくらあったっけなぁ。