004 さぁ狩りの時間だ
「グレ君。おかわり」
すっかり馴染んだ執務室でボクはどうにかしてMPを効率的に得る方法を必死に模索していた。
紅茶を飲みながらメニューを操作して片っ端から様々なデータを閲覧している。ちょうど飲み終わってしまったので、最初にボクに着替えを持ってきてくれた執事のグレーターデーモンにおかわりを要求しておく。
ボクが言わなくても優秀な執事である彼は紅茶の入ったポットをすでに持ち待機していたりする。
この紅茶もそれっぽい見た目で味もそれっぽいというだけであり、実際のこの世界での名称はまた別にあるそうだ。めんどくさいので紅茶とよんでるけど。
ボクはすでに人間ではない。
ダンジョンマスターという種族になっており、食事も排泄も必要ない。ただ、食べれないわけではなく、食べていないので出すものがない、というだけだ。
当然ながら食べれば出るし、美味しいものを食べれば美味しいと感じる。
まぁつまりはボクにとって食事は今やただの嗜好品となっているということ。
前ダンジョンマスターも当然同じであり、この屋敷には食材というものがほとんどなく、あったのは紅茶などの飲料程度だった。
余裕が出てきたらこの辺もどうにかしたい。
でもこの屋敷は迷いの大森林の中心部にあるので、森の恵でもとても貴重なものが簡単に手に入る。
その中には当然美味しい果物などもあるので、それらがおやつ代わりに出されたりもする。
どうやら屋敷の魔物たちが気を利かせてとってきたものらしい。なかなか優秀である。
実際、この果物は貴重というだけあってとても美味しかった。
解決策がまったく見えないことに対する苛つきが和らぐくらいには。
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「うーむ……マナスクリーマーはMPを吸収できるけど、ボクに譲渡はできない……。ラフレシアグリーズはMPの譲渡はできるけど、元々のMPが多くない上にコストが高すぎる。というかMP譲渡のスキルってレアすぎじゃない?」
色々と調べてわかったことは、ダンジョンマスターとしての力ではMPを効率的に集める方法がとても限られるということ。
ダンジョンマスターの力はSPを消費してダンジョンの追加、改装などを行なう。
ダンジョン関連の権利。
SPを消費して絶対服従な望む魔物を呼び出す力。
魔物関連の権利。
この二つに集約されるといっても過言ではない。
森の恵なんかはおまけでしかない。
他にも宝箱などの侵入者に対する餌を得る方法もあるけど、コストと価値はあまり見合わない。もちろんコストがかかりすぎるという意味で。
他のダンジョンマスターは侵入者から得た装備や貴重品を宝箱に入れて餌としているみたいだ。
無論SPと交換して得られる物のリストも確認してみたが、MPを効率的に集められるようなものはなかった。
基本的には武器防具、宝石など、いかにもといった感じのものばかりだ。
正直ダンジョンマスターとしての力では限界がある。
ならばということで、神魔通販で何かいいものがないか調べてみることにした。
とはいっても、現在のランクで購入できるものは日本の物に限られる。
ボクが知っている限りにおいて、日本で魔力などというものはお伽話かゲームなどのフィクションの世界の話だ。
無論検索結果も同様で、それ系の雑誌やラノベなどがわんさか出てきた。
一応あるかもしれないのでページをタップして捲っていくけれど、結果は芳しくない。
あ、でもこのタイトル面白そう。まぁMPないので買えないわけですが。
ラノベも一冊5000MPから12000MPとお高い。
たぶんこれ、10MPで1円くらいの価値なのだろうね。
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一時間くらいカタログを見ていたが、やっぱりMPを効率的に集められるような物はなかった。
あまり期待していなかったので落胆も少ない。
さてどうしたものかと、ふかふかのクッションの敷いてある椅子の背もたれに体重を預ける。
ボクの身体は今は幼女だからだいぶ軽い。背もたれもほとんど動かないくらいだ。
ふさふさだけど、あまり艶がない尻尾を櫛で梳きつつ天上を見上げる。
早くこの尻尾も綺麗にしてあげたい。
もういっそこの世界にあるもので我慢すべきなのだろうか。
内政とか頑張っちゃえばいけそうな気もしないでもない。
近くの街までいけばシャンプーやリンスはともかく石鹸くらいは売っていそうな気もする。
まぁでも石鹸が売っているなら石鹸の代わりになる木の実なんて使ってないと思うんだよな。
この屋敷とか調度品とか、ダンジョンマスターとしての能力だけでは手に入らないものだ。
宝箱の餌に天蓋付きのベッドとかありえないだろう?
故に調度品や家具は別の手段で入手してきたものということになる。
……実際この世界の貨幣だって森の恵を適当に売れば簡単にてにはいりそうだし。その金で職人を個人的に雇って作ってもらえば……。
……うん? そうか、個人か!
背もたれから勢い良く起き上がると、すぐに神魔通販のカタログをひっつかんで検索をかける。
「あった!」
カタログに映っているのは検索画面。
しかし今までの検索ワードとは少し違った内容が入力されている。
それは〝個人販売〟。
日本の商品は神魔通販が公式に販売しているものだが、個人販売は違う。
この個人販売でも当然ランクに応じて販売可能なものが制限されるが、ありがたいことに全てが制限されているわけではないようだ。
そしてその中に燦然と輝く一つの商品を発見できた。
それは〝魔力吸収の指輪〟。
ものすごく安直な名前だが、検索する上ではとてもわかりやすくて素晴らしい。
その効果はランクGが購入できるものだけに性能自体は大したものではない。
だが、今のボクには喉から手が出るほど欲しいものだ。
ちなみにお値段は1200MP。
日本円で120円也。缶ジュース一本分という安さだが、当然逆さになっても手がでない。
でも長い目で見ればこの指輪は間違いなく買いだ。
そしてすぐさま行動を起こした。
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魔力吸収の指輪を見つけてから二週間あまり。
迷いの大森林の各地に設置されている渦は全て停止していた。
そして当然ながら弱い魔物が日々減ってきている。
どんどん脅威度が減っていく迷いの大森林外層部分にはたくさんの侵入者が森の恵を得るために押しかけ始め、今やピクニック気分で訪れることすらできるような場所と化していた。
MPは日に日に増えているものの、未だ目標の半分にも満たない。
だがこれでいいのだ。
今外層にはたくさんの侵入者が集まっている。
戦えない者がほとんどを占めているだろう。ダンジョン内は自由にみることができるので侵入者たちの姿形ももちろん確認できる。
今もウィンドウに映っている侵入者はどうみても貧乏な農民だ。護身用に棒などの武器とも言えない武器をもっている者ですらまだ良い方で、森の恵を入れるための籠しか持っていないものすらたくさんいる。
外層の弱い魔物が駆逐され、安全となり命を賭けなくても森の恵が得られるのだ。
彼らにとってはまさにパラダイスだろう。
だがそんなパラダイスも今日で終わりだ。
戦えない弱い侵入者でもこれだけ数がいれば得られるMPはそこそこの量になるはず。
いつ魔力吸収の指輪が売れてしまうか、ヒヤヒヤしながら心臓に悪い日々を耐えたのだ。
個人販売なので誰かが買ってしまえばそれでおしまいとなってしまう。
販売者が在庫を複数もっているなら違うだろうが、それならもっと売りに出されていてもいいはず。
だが売りに出されているのは一つだけだ。
SPが枯渇するほど強い魔物を呼び出していたのがこんなにも早く役に立ってくれるとは、嬉しい誤算だ。
魔物の配置もすでに終了している。
安全になったと勘違いしている侵入者たちを一網打尽にするために。
さぁ狩りの時間だ。
ボクは静かに、だがはっきりと自分の意志で魔物たちに命令を下した。