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001 気づいたときにはボクは

 一瞬の浮遊感のあと、すぐに重力が戻ってくる。

 慣れない感覚に戸惑いつつも少し重く感じるまぶたを開けば、あの人が言った通りに目の前には大きく美しい結晶体が浮かんでいた。

 自分の右手を持ち上げて視線の高さまでもってくれば、あの人から渡された不思議な球体が結晶体に引かれるように儚い光を発している。


 ……この球体を押し付ければいいんだっけ。


 それがあの人から託されたボクの最初で最後の使命。

 これが終わったあとは自由にしていいらしいし、契約も履行されるそうだ。

 迷うことはないのでとっとと終わらせるとしよう。


 結晶体に近づき、背伸びをして球体を押し付けようと頑張る。

 何も支えるものがないのに浮いている不思議な結晶体なので、ちょっと背伸びしないと届かなかったのだ。


「貴様ッ! 一体どうやってここに!? なッ!? や、やめ――」


 一生懸命背伸びをして球体を結晶体に押しつけたところで、凄まじい音を立てて扉が開く音と怒声が轟いた。

 だが聞こえたのは途中まで。結晶体に押しつけられた球体が発する光が全てを飲み込み、誰かの怒声までも全てが光の中に消えていった。


 ……あの怒っていた人は誰だったんだろう?


 全てを飲み込んだ光はゆっくりと収束し、そしてボクの中に入ってきた。

 その光は情報の塊。ボクの中に入ってきたそれらは濁流のような情報をボクに教えてくれる。

 いや、違う。教えているんじゃない。これはそんな生易しいものじゃない。


 強制的に書き込まれる情報が痛みとなって脳を焼き始める。

 恐らくボクは今のたうち回っているのだろう。でも頭の痛みが酷すぎてそれ以外の感覚がまったくわからない。

 そんな痛みは一瞬だったのか数分だったのか数時間だったのか。


 気づいたときにはボクは先ほどまでとは違うモノになっていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「え~……じゃあここは迷いの大森林ってところなんだ」


 目の前に浮かんでいる半透明の四角い窓は、ボクが今いるこの迷いの大森林というダンジョン(・・・・・)の全体像を写していた。

 ボクはどうやらあの脳を焼くような情報の濁流を受けて、迷いの大森林の主――ダンジョンマスターへとなってしまったらしい。


 息をするかのように扱えるようになったダンジョンマスターとしての権利を行使し、さっそく色々と情報を集めている最中だ。

 まずは何をするにも情報が大事。正直先ほどのような脳を焼くような痛みをまた味わうのは避けたい。アレはボクが無知故に起こった必然という名の悲劇だ。


 ……まぁそうなるように仕向けたあの人が諸悪の根源なわけだけど。


 情報を集めながらもボクをここ、迷いの大森林に送り出したあの人のことを思い出す――


 ボクは交通事故に遭い死んでしまったらしい。

 でもそんなボクを拾ってくれたのがあの人――女神さま。

 彼女はボクにやってほしいことがあって、輪廻の輪からボクを掬い上げた。そう、そのやってほしいことっていうのがあの結晶体――ダンジョンコアに球体を押し付けること。


 色々情報を集めていくうちにわかったことだけど、どうやらあの球体は女神さまの力を圧縮したもので、凶悪なまでの力を有したとんでもない物体だったようだ。

 有していた効果はダンジョンマスターとしての全ての権限の奪取。

 つまりはダンジョンマスターの強制的な代替わりをさせるアイテムということ。


 女神さまがなぜダンジョンマスターの代替わりをさせたかったのかはいまいちよくわからない。だが前ダンジョンマスターはこの迷いの大森林のダンジョンマスターとなってからすでに千年以上経過していたらしい。


 ……ダンジョンマスターってすごく長生きみたい。


 もちろんそのダンジョンマスターになってしまったボクも同じように寿命が伸びちゃったらしいけど。まぁ今はそんなことより情報収集の続きだ。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 色々な情報をみていくにつれ、女神さまが強制的な代替わりをさせた理由がわかってきた。

 どうも前ダンジョンマスターは女神さまからの再三に渡る神託を無視して行動し、幾人もの女神さまの使徒を殺害していたらしい。

 ダンジョンは全て女神さまの管轄であり、ダンジョンマスターは女神さまの使徒。つまりは禁忌とされる同族殺しを行っていた大罪人だったようだ。

 でも千年以上も生きた前ダンジョンマスターは他の使徒たちと比べても強大な力をもっていた。

 前ダンジョンマスターが支配していた迷いの大森林は広さだけでも他の使徒たちのダンジョンよりも遥かに広く、そしてその中に生息する魔物と呼ばれる化物たちは数も多く凶悪。

 さらには迷いの大森林という名は伊達ではなく、侵入者の方向感覚はもちろん様々な感覚を狂わせて有利な舞台を作り上げる。

 数人の使徒を殺害したあとは防衛に徹していた前ダンジョンマスターだったが、鉄壁すぎる迷いの大森林は難攻不落。

 直接的に女神さまはこの世界に干渉できないらしく、使徒たちに前ダンジョンマスターの打倒を任せるしかなかった。


 幾度となく使徒たちによるダンジョン攻略が繰り返されるがその全てにおいて防衛を成功させる前ダンジョンマスター。

 しかし数十年もの間絶え間なく繰り返された防衛戦による疲弊は少しずつ強大な力をもつ前ダンジョンマスターを蝕んでいった。

 少しずつ少しずつ広げていった小さな綻び。そこに女神さまは己の力の大半を注ぎ込み、一撃を放つ。


 そう、それがボク。

 果たして女神さまの作戦は実を結び、前ダンジョンマスターからダンジョンを奪うことに成功。


 ダンジョンマスターはダンジョンコアを奪われると死ぬ。

 本来はあれほど短時間でダンジョンコアを奪えるものではないらしいけど、そこはこの世界の全てのダンジョンを統括する女神さまの力が集約された球体。

 結果は瞬殺というわけ。

 でもたくさんの使徒たちが絶え間なくダンジョン攻略を行って、前ダンジョンマスターを疲弊させなければ女神さまもダンジョンコアの近くにボクを送ることはできなかったみたいだ。

 つまり今回の作戦は相当な無理をしたイレギュラー中のイレギュラー。

 女神さまも無茶なことするよね。収集した情報によると今回の作戦で女神さまは当分の間は休養が必要なくらい疲弊しているっぽいし。


 ちなみにダンジョン攻略をしていた使徒たちはもうすでに撤退を開始している。

 迷いの大森林の被害は結構甚大だけど、それだけ使徒たちが頑張ったってことだろう。

 使徒たちも被害は甚大らしいけど、ボクはボクで手一杯だ。

 何せ使徒たちによるダンジョン攻略は終わったとはいえ、ダンジョンにやってくるのは使徒たちだけじゃない。

 この迷いの大森林は広大でとても強いダンジョンだけど、末端となる外層部分では感覚を狂わせる機能がほとんど働かない上に魔物の質も悪い。

 森の恵は強いダンジョンであるせいか、外層でもかなり豊富。

 そういった弱い魔物や森の恵を求めて結構たくさんの人間がやってくるのだ。

 無論、中には強い人間もいて結構奥地にまで侵入してくることもある。

 でも今は使徒たちの攻勢により至る所が被害甚大。一部では感覚を狂わせる機能が死んでいるところすらあるくらいだ。


 ボクは今ダンジョンマスター。

 当然ながらダンジョンコアを奪取されたら死ぬ。つまりは防衛しなければいけない。

 被害甚大とはいえ、迷いの大森林は強いダンジョンだ。

 前ダンジョンマスターの残した全てのダンジョンとしての機能を奪ってボクの物にしているので、様々な部分がそのまま残っている。


 まずは要ともいえる感覚を狂わせる機能が死んでいるところをなんとかしないと……。

 あぁ、女神さま……。球体押しつけたらあとは自由にしていいって言ったけど、これはちょっと酷くないかなぁ。

 ボク、ダンジョンマスターとしては初心者もいいところですよ?

 他の使徒たちも頑張りすぎだよー! もうちょっと手加減してほしかったよー!


 森の恵を求める侵入者たちは今もたくさんダンジョン内で活動している。

 一番近いところでもまだまだ中心部のダンジョンコアとは距離が相当あるけど、とても安心はできない。


 ……はぁ。とにかくお仕事しましょう。

 報酬に貰ったアレを十全に活用するためにも、ダンジョンというシステムは有用なのは確かなはず。


 集めた情報から導き出した結論をやる気の原動力としてボクは気合を入れる。

 でもその前にまずは服を着替えたい。のたうちまわったおかげでずいぶん汚れてしまっているのだ。


 ずっとダンジョンコアのある部屋にいたけど、ここはダンジョンマスターが住居として使っていただけあって、お屋敷と呼べるほど広い建物だ。

 すでにこの屋敷の見取り図も把握しているし、お風呂に行きましょうかね。

 着替えは屋敷を管理している魔物に適当に持ってきてもらおう。

 何せボクは今やこのダンジョンのダンジョンマスター。

 ダンジョンの全ての魔物の主なのだ。


挿絵(By みてみん)


16/12/17 表紙絵追加

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