プロローグ
意志を持たないものに、憎しみをぶつける事が出来るだろうか。
凍えるような寒さ、激しく打ち付ける雨、火の着かないライター、穴の空いたコートのポケット。
それらに怒ったところで、もちろん謝ってくれてるはずもない。言葉は悲しく空を切るたけだ。
ゴーレムも同じだった。
自分の意志も感情もなく、ただ動く物を壊す為だけに造り出された石の人形たち。
突如現れたゴーレムたちによって、世界は破壊の限りを尽くされた。
誰に造り出されたのか、目的は何なのかも一切わからない。
憎しみをもって抗っても、彼らは何も答えないからだ。
ただ一つ分かっている事は、僕らは壊される側なのだと。
「火貸してもらえないか?」
僕は煙草を一本取り出すと、隣の武器商人の男に話かけた。
「はいよ」
武器商人の男は、ポケットから無造作にライターを取り出すと、僕に投げるように渡してくる。
彼は争い事とは無縁に思えるほど、細くやせ細った頼り無さそうな青年だった。
ボロボロの文庫をめくりながら、味気のないコッペパンを齧っている。
僕らは打ち捨てられたコンテナに背を預け、夜の海を前にひっそりと佇んでいた。
目の前の埠頭の先に建つ灯台は、真っ二つにへし折られ、灯りを灯す事はもうない。
もうここには船が来る事はないんだ。その事が世界の終わりを物語っているようだった。
「君はそれだけの力がありながら、何故ゴーレムと戦おうとしない」
と彼は言った。
「勝ち目がないものと戦って、何の意味がある?」
と僕は答えた。
「勝ち目があるかないかなんて、戦ってみないとわからないじゃないか」
「俺は英雄になりたいわけじゃない。生きる為に戦っているんだ」
「生きる為に罪のない悪魔たちを殺しまくってると?」
「そうだとも。みんなゴーレムには勝てないけれど、悪魔になら勝てる。そうやって優越感に浸る事によって、絶望と向き合ってるのさ。僕はただ報酬を貰って悪魔を狩っている。ただそれだけだ」
「そんな事をしても、何変わらないじゃないか。いつかゴーレムに全て壊されて、みんな死んでしまう」
「それでいいんだよ。みんな死を待っているんだ。今はただ悪魔を狩って、現実から目を逸らしてるだけだ」
世界が終わる事に悲観しても仕方がない。意志のないゴーレムに憎しみをぶつけても意味がない。
くだらない事に優越感を抱いて、静かに死を待っていればいい。
そして僕はただ悪魔を狩るだけだ。それが僕に求められている事なのだから。