物や思う
結城 雅美は、大変な負けず嫌いである。
例えば、定期テストの結果で。
「え~!マドカ、5位だったの?!すごーい!」
自分よりも順位が上の人や、
毎年春に行われるスポーツテストで。
「ハル、50m走7秒台?!なにそれすごい!」
自分よりも良い成績を残す人がいたら。
それが、言葉も交わしたことのない他人なら結果の用紙をみて眉間にしわを寄せるだけだけれど、身近な人物、たとえば仲の良い友達だとしたら、口ではすごいすごいとはしゃいでみせるが、皆から離れると、それはもう、恋人を他の女に取られたかのように悔しがる。
そんな雅美の通っている学校は、公立校の中でトップの偏差値を誇る。
彼女の自宅から自転車で通うことができるところにも公立進学校はあるのだが、それでも彼女はバスと電車を乗り継いで、片道1時間以上をかけて通っている。
そこでも彼女は、入学すぐの時点での実力を見るための試験で240人中15位になった後、次のテストでは、
「雅美ちゃん、中間どうだったー?私全然自信なくって…」
「私?すごく自信あるよ?だって、頑張って勉強したもん」
有言実行。学年トップに躍り出ていた。
そんな雅美は今、体育館の、夏の日差しで温められたぬるい床に正座をして、射殺さんばかりの目を床に向けている。
***
この高校では、1年生の最初の古文の授業で、百人一首を習う。
短歌を覚えながらそこに出てくる単語の意味や文法を体で覚えようというのが目的らしく、その後の文法の授業はスムーズに頭に入るし、全国模試においてこの学校の古文の成績が他の教科と比べてもよいことを含めて、一定以上の成果があると言える。
1回の授業で10ずつ、意味と内容、詠まれた背景を軽く勉強し、次の授業ではその10首が暗記できているかのテストから始まる。
100首勉強し終ると文法の授業に入るが、それでも毎回授業の初め、百人一首を忘れていないかの小テストが行われる。
そして、1学期の最後、テスト前の授業で、2クラスずつに分かれてクラス対抗戦を行う。
クラスの全人数、30人が、3人ずつのチームに分かれ、相手チームと百人一首を行う。
正式なルールには色々とややこしい決まりがあるが、この対戦では、シンプルに、1首ずつ読まれて行き、床に広げられた100枚の札の中からあてはまるものを取って行くというもの。
雅美はもちろん全首を暗記しており、休み時間などに一対一で行っていた練習でも、最初こそ読まれた札を捜すのに時間を取られ下の句に入ってから取られたりもしたが、数の減った50首目以降では下の句を読み始める前にさっさと取ってしまっており、クラスの中からも期待を集めており、その名は勿論対戦クラスにも伝わっていた。
「雅美ちゃん凄い!」
「当たり前でしょう?毎日練習してるんだから」
そんな雅美が。
「かくとだにー」
「はいっ!」
「えやはいぶきの さしも草ー さしもしらじな もゆる思いをー」
学年主任である壮年の先生の声が響くと同時に目の前で次々と取られて行く札を、ただじっと唇を噛みしめて見ていた。
彼女の横には札は一枚もなく、10枚近く読まれた札はすべて、向かいの女子生徒の横に。
体育館内は、異様な雰囲気に包まれていた。皆、自分達の勝負そっちのけで、一角をちらちらと見ていた。
「あー、そっちかー!」
時折上がる声も、白々しく響いて、申し訳なさそうに萎んでゆく。
「わたのはらー」
「はいっ!」
次も、最初5文字を読み終わる前に可愛らしい声と共に取られる。
「八十島かけて こぎいでぬとー 人には告げよ あまのつり舟ー」
「……どうして…」
記録の為に映像を残している放送部のカメラすら、向けたまま動きを止めている空間で、こらえきれないように、雅美が、思わず、震える声を出す。
「知らなかった?私、得意なんだよ?」
声にはっと顔を上げると、にこにこと可愛らしい笑顔で、ぱたん。と、先ほど取った札を、山に追加する。
放送部のカメラが少し動き、圧勝している彼女の手元を映す。
「…相沢、さん?」
「結城さん、自分のことしか見えてなくて、自分が一番って勘違いしてるんでしょ?でもさ、私も、得意なんだよ?
だからね、」
にこにことほほ笑みながら言葉を紡ぐ彼女、相沢夏輝の言葉を待つこともなく、太く低い声が、次の句を読み始めた。
「大江山ー」
「はいっ」
ぱんっ。
「人のことを知りもせず見下すのはよくないよ?って、ずっと言いたかったんだ。言ってもわからないと思ったから、実力行使に出ちゃった」
てへっと笑う相沢の顔を見、言葉に応えることなく、雅美はまた、床の札に集中し始めた。
「いく野の道の 遠ければー まだふみも見ず 天橋立ー」
ゆっくりと詠む先生の声をバックに、正面の彼女もまた、まるで次を捜すかのように、笑顔で床を見始めた。
それから勝負は進み、雅美の横には、ようやく取れた札が2枚。そして、夏輝の横には、40枚近い札が詰まれる。
「君が」
「はいっ」
じっと、2クラスの生徒と、時間の空いたすべての先生と、そして、放送部のカメラ、全ての視線を受けながら、唇を噛みしめて床を見ていた雅美が、立ち上がった。
「相沢先生。すみません。止まってください」
「どうした?」
「ちょっとだけ。すみません」
凛とした声を挙げた彼女に、句を読んでいた学年主任が、いぶかしげに見る。それに軽く答え、まっすぐに目の前の女子生徒の方へ歩み寄る。
「負けを認める気になった?あのね、今は恥ずかしくて、悔しい気持ちでいっぱいだと思うけど」
「かくとだに」
「えっ?」
「下の句、答えて?できるでしょう?かくとだに」
「何を言って…」
「いいから」
「お、おい、結城、皆に迷惑が、」
「すみません先生。ただ、看過できないことがあったので。確認させてください。
相沢さん。貴女がさっき取った札よ?下の句見なきゃわからないていうのなら、見てもいいから答えて?取ったのだからできるでしょう?
かくとだに」
ざわ、ざわと、戸惑うような声が広がる。その声は、
「早く答えればいいのに」
ぽつりと小さく、しかし嫌にはっきりと響いた声をきっかけに、雅美と対峙していた女子生徒への非難へと変わってゆく。
「あ、あ、あの、ごめっ、ちょっと、テンパっちゃっててど忘れを」
「じゃあこの句って指さすだけでいいから。大丈夫。できるわ。貴女が本当に覚えていたのなら、ね」
「結城!いい加減にしろ!夏輝が不正をしているとでもいうのか!」
「そうかもしれないので確認をしているのですが。先生。あと、ここは公の場ですよ?娘だからって、下の名で呼ぶのはいかがなものかと思います」
顔を真っ赤にして大声を上げる学年主任に、雅美は平然と返す。その言葉に、相沢夏輝がはっと背筋を正して、思わずと言ったように左前腕の内側を、身体につけた。
「で、相沢さん、これは何でしょう?」
ずかずかと歩み寄った雅美はその細い手首を取って上に掲げ、そして、
「うっわ、これってもしかして、相沢センセイやグループメンバーもグル?」
カメラのモニターに映し出された映像を見て思わずつぶやいた言葉は、意外なほど響き渡った。
***
彼女の腕には、縦横それぞれ10ずつ、1~100までの数字がびっしりと細かな文字で書かれていた。
一見すると無秩序に並べられたように見えるそれは、
「私、取られた札の位置全部覚えているのですけど、この数字の並び、札の詠まれた順番と対応しているように見えるのですが、たまたまなのですか?」
「そんなことあるわけないだろう!記憶なんざ頼りにならんし、第一、適当な事を言うつもりだろう!そこまでして夏輝を大勢の前で貶めたいか!」
「ですから先生、先生の読んだところまででちゃんと覚えて取ってきたのなら、下の句言えるはずですよね?それを確認しているのですが。
ねえ、相沢さん、答えてください。「かくとだに」下の句は?」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすだけの学年主任に、元は縦横10枚ずつ並べられていた、現在虫食い状に空白ができている、床に並べられた札を見ながら冷静に答える雅美。その様子に、「これってゼッタイ、先生黒だよね?サイテー」
と言うような声があちこちから上がり始め、聞こえただろう、相沢娘が顔を蒼白にし、腕をつかまれたまま口を閉じて俯き、逆に相沢父は更に顔を真っ赤にして、雅美の肩に手を伸ばす。
うん。最初から黙って見てたけど、他の先生たちもおろおろしてるだけで使い物にならないし、いい加減我慢できなくなってきた。
「いい加減にしろ!結城!お前、自分が何しているのかわかるのか!人を疑うのなら、証拠を」
「はいはーい。このカメラに全部残ってますよー」
「「えっ」」
カメラの後ろから、ひらひらと、放送部と書いてある腕章をつけた腕を振って声をかけると、彼女の肩をつかもうと伸ばした学年主任が腕を止め、さびたブリキ人形みたいにぎこちない動きでこちらをみた。面白い位に場全体の視線を受け、カメラをゆっくりと回して全員を映し返してみた。
「廣澤先輩…?」
「うんそうだよー。本当は、雅美一人で解決できそうだったんだけど、他の先生たちこの騒ぎに全く動かず、場を収めようともしない役立たずだし、こういう時って、一番権限のある先生が個別に部屋に連れて行って話聞くとかそういうケアしなよ。なんでいつまでも彼女たちを注目の的に晒してるのさ。そうこうしてるうちに当事者の相沢父に暴力振るわれそうになってるしね。ごめんね。いらないお世話」
「なんっ…」
「なんなら、関係ない…あ、安西教頭先生、相沢さんの腕の数字、紙に写していただいていいですか?で、後で照らし合わせてみましょうよ」
言葉に顔を真っ赤にして、「ありがとう」と呟きながら首を振る彼女にかわいいなあなんて場違いな感想を抱きながら、しんとして、ギャラリーと化した生徒や先生が誰一人として動かない中、色を失った学年主任の言葉にかぶせ、今まで起こったことがなかったであろう事態に困惑していた様子の先生に声をかけた。
「ああ、そうじゃな。展開が急すぎて付いていけんかった。悪かった。
あまりそのような追い詰める様な真似をするのはよくねーけど、もし結城さんの言っていることが本当なら、これは看過できる問題じゃねーけん」
「そんなっ!教頭先生まで、生徒のそんな戯言に」
それですぐに我に返り、温和な表情に困惑を浮かべたまま相沢娘に近づく教頭に、相沢父が無駄な抵抗を始めるが、
「じゃけん、今からそれを確かめるっちゅーてんじゃろうに。さあ、相沢さん」
軽くいなして、相沢娘の前までやってきて優しく声をかけて。
「ごめんなさい!!」
相沢娘の、悲鳴のような声が響き渡った。
***
「で、つまり、雅美が何でもできることを鼻にかけて見下すのが気にくわなかった。と」
取り乱したままの彼女の、長ったらしい自己弁護をまとめる。
思ったよりも冷たい声が出たらしく、腕にそっと触れる、細い指を感じる。
次いで聞こえた、なだめるような「ハル」という声にそちらを見ると、いつの間にか雅美がすぐ横まで来ていた。
「気にくわなかったなんてそんなっ…!わ、私はただ、」
「気にくわなかったから、自分の父親使って不正してドヤ顔しながら諭して雅美をこの人数の前で貶めようとしたんだよね?」
「おい!廣澤!」
「なんですか?自分の立場を使って娘に有利なように働きかけ、あまつさえ他の生徒に恥をかかせるお手伝い…じゃないや。共犯ですね。した教師の風上にも置けない公私混同人間」
「なっ」
「なんか間違ってますか?」
まだ高圧的に出てくる相沢父に、わかりやすく説明しながら冷めた目で見てやる。
「廣澤君。気持ちはわかるが、後は先生たちに任せてくれないかな?」
「校長?」
尚も顔を真っ赤にした相沢父が言いつのろうとして、後ろから聞こえてきた柔らかな言葉に歓喜の顔を浮かべる。が、
「相沢先生。今から職員室へ。あらかじめ申し上げますが、職務規定に違反どころか真っ向から喧嘩を打った形になりますので、残念ながら軽い処分で済まされるような問題ではありません」
「なっ…」
「本当なら生徒の前でこのような話は控えるべきですが、貴方自身がここで言わざるを得ない流れにしたというご自覚はありますよね?」
周りを見ましょう。と言われ、ようやく、その場にいる生徒の。先生の。軽蔑しきった視線に気づいて、しおしおとうなだれた。
「ああ、今回の件に関わった、そうですね、相沢さん、結城さん、廣澤さん、あと、相沢さんの所属するクラスの方にも個別で話をお聞きしたいので、今から呼んだ順番に、それぞれの先生の後について行ってください。ではまず―」
次々と呼ばれて行く名の中に自分の物もあり、そのまま歩き始めて、
「ああ、一つだけ、いいですか?」
ふと、立ち止まる。咎めるような先生の表情に、ちょっとだけ。と言い置いて。
「雅美って、すごく負けず嫌いで、だからその分、ものすごく努力するんだ。
寝る間も、遊ぶ間も惜しんで」
思い出す。期間中、毎日のように百人一首の練習に付き合った。
最初は札を全くとることができず、「覚えているのに…!」と悔しがる彼女に、ちょっとしたコツを教えた。
『ねえ雅美、「決まり字」って知ってる?例えば、この句。
村雨の 露もまだひぬ まきの葉に
ってあるじゃん?これって「む」で始まる句がこれしかないから、「む」って詠まれた瞬間
きりたちのぼる あきのゆふぐれ
捜せばいいんだ。これとおんなじように、そこまで読まれればその札って決まりがあるから、それを覚えてけばいいんだよ』
目を輝かせた彼女は、翌日、くっきりと目の下に隈を作りながら、見事に全首決まり字を覚えてきていた。
「彼女さ、本当は、運動神経もあんまよくないし、それこそ暗記も苦手なんだ。それを努力で補ってるんだよ」
「ちょっと、ハル!」と慌てる声と、二の腕をつかむ手をなだめるようにぽんぽんと叩いて、はっと目を見開いた不正娘を冷たく見る。
「だからさ、彼女を知りもせず、勝手な憶測と見当違いな正義感で貶めて、ロクに覚える努力もせず、一首も空で言えない癖にズルをして彼女の努力踏みにじろうとしたあんたを絶対許さない。
ああ、あんたのクラスメイトはどうか知らないけど、彼女、努力してること隠さないから、彼女のクラスメイトは、彼女が努力家だって事みんな知ってるからね?」
周りを見た彼女もまた、自分に向かうたくさんの、温度のない視線に気づいたのだろう。悲鳴のような泣き声を背景に、
「じゃ。そーいうことで」と、歩きはじめた。
「お待たせしてしまってすみません先生。行きましょう」
「お前って…すごくヒーローっぽかった」
「え、なんですかそれ」
本来止めるべきなのに黙って言いたいことを言わせてくれたこの先生もまた、実は腹に据えかねていたらしい。
苦笑を浮かべる様子に首をひねりながら、そのまま「事情聴取」へと臨んだ。
***
後日、彼女と並んでの登校。
「で、雅美が気付いたのって、やっぱりあれ?わたのはら」
「うんそう。やっぱりあれって、おかしかったよね?」
「あれで気付いて、君がためで確信?」
「そう」
「なるほどねー。ってゆうか、ずるする位なら決まり字位覚えときなよ。物凄く光速で取ってドヤ顔したかったんだろうけど、早すぎるって」
「ね。わたのはらだけじゃ、人には告げよ 天の香具山 と、 三笠の山に いでし月かも があるから、絞りきれない」
「君がため も、 長くもがなと 思いけるかな と、 我が衣でに 雪は降りつつ があるし。あほだよねー。ま、そのおかげで気付けたけど」
うんうんと頷いた。
あれから3か月。元のように…とはいかないけれど、それなりに学校生活に落ち着きが戻ってきた。
相沢先生は、懲戒免職を食らったらしい。
自分が思うのもなんだが、百人一首大会は成績には反映しない、言ってみればただ勝ち負けで喜んだりするだけのレクリエーションだったし、重大な犯罪をしたわけでもないのに処分が重いような気がしたのだが、どうやらあの時の様子が、その場にいた生徒から保護者に伝わり、保護者への説明会へと発展したらしい。あの事件から1週間、職員室の電話は絶え間なく鳴り続けた。
そこまで問題が膨らめば、まあ、しょうがないだろう。
娘の方は。
2週間の謹慎の後学校に戻ってきて、なおかつ登校してきた自分と雅美の前に姿を現し、
「大勢の前で貶めるなんてひどい!終わった後にそっと指摘してくれればよかったじゃない!」と、生徒が多くいる朝の昇降口で斜め上の苦情を言ってきたことで、その場にいた生徒の口から、関係のない生徒にまであの時の話しが爆発的に広がることとなり、盛大な自爆をかました形で、現在孤立している。
どうやらあの不正を知っていたのは、主犯の二人を除くと彼女のグループメンバー2人のみだったらしく、その二人からと、あと生徒の手綱を握りきれなかったことから、彼女のクラスの担任から後日、正式な謝罪を受け取っている。
そして自分たちは。
「……ほんっとうに、ごめん」
「いや、気にしないで。その、守ってくれて、本当にうれしかった」
あの場にいた演劇部1年から演劇部へとあの事件の話が伝わり、部長が録画していた映像を見せてくれと、放送部の部室まで来て土下座していた。
流石に他に流れてしまうのはよくないからと、それは断って、そのまま夏休みに入ったのでほっとしていたら。
「まさか、あんなことになるとは思わなかった」
夏休み明けの演劇部の定期公演の主人公が、「表面上はクールだが、心の中に熱いものを抱え、お互いに強い絆で結びついているカップル」であった。
それだけならよくある設定ねーで済んだのだが、異世界の学校と言う設定で、なんだかんだで濡れ衣を着せられかけたヒロインを助けた後のヒーローのセリフ、
『だからさ、彼女を知りもせず、勝手な憶測と見当違いな正義感で貶めて、ロクに特訓もせず、初級魔法の詠唱すら碌に覚えていない癖にズルをして彼女の努力踏みにじろうとしたあんたを絶対許さない』
が身に覚えがありすぎて、椅子ごと倒れそうになった。
今では自分たちは、学校で一番有名なカップルという自覚はある。
「そういえば、2年生って、実力テストの結果返ってきた?」
「返ってきたよー。総合学年1位。1年は?返ってきた?」
「……」
「もしもし?雅美さん?」
黙り込んだ彼女に、これはと察しながら、にやける口元を抑えきれないままひょいと顔を覗き込む。
「……んだから」
「?」
「次は絶対勝つんだから!」
「いや、学年違うし」
拳を握りしめて力強く宣言する彼女にツッコみながら、その拳をそっと握って、そのまま指をすべり込ませた。
2年前、この学校を受験すると言った時の彼女の言葉。当時、既に付き合っていたのだけれど。
「絶対!ハルには負けないんだから!一緒の高校に行ってやるわ!」
わざわざ遠い学校に通うのが、一緒にいたいからではなく負けたくないから。
彼女が、いつまでも「負けたくない」と思う対象にいたいから、自分はいつまでも、頑張れる。
「ハル、そういえば、志望校どこ?」
「んー?勿論T大の理3」
「絶対に、一緒のところに行ってやるんだから!」
うん。頑張ろうね。と、指を絡めて、手をつないだ状態にして、歩きはじめた。
願わくば、いつまでも一緒のところに、1年違いでいたいなー。なんて思いながら。