足の先まで数センチ①
「まだ着かないの? こんな遠かったっけ?」
住宅街の端っこまで来ると、達人成瀬は先に根を上げた。
路地を曲がれば、流星の実習先であり、ふたりの母校でもある市立第三中学が見えてくる。
流星は笑った。
「ほら、もうグラウンドが見えますよ。陸上部が練習している音が聞こえます」
ぴゅっ、ぴゅっ、と短い笛の号令のたび、もうもうと土ぼこりが舞い上がる。
グラウンドを取り囲む、元は緑色だったと思われる、さびたフェンス。
その内側では、ジャージ姿の陸上部員が元気よく、飛び跳ねるように走り回っているのが見える。
スタンドを立てるのももどかしく、自転車を放り出し、フェンスにしがみつく。
「ぼく、陸上部だったんですよ」
腐食した鉛色のフェンスから手を離すと、流星の指先に赤茶けた染みができた。
ぬぐいもせずにぼんやり見つめていると、サビの臭いが鼻先までぬるりと立ち上ってくる。
流星は、手のひらを広げ、顔をしかめた。
「嫌な臭い。血の香りに、似てる気がする」
「それはね、皆に取り残されていく『時間』が流してる血なんだよ。きっとね」
「なんですか、それ」
流星は、首を振って、空を仰ぐ。
積雲から離れたばかりの綿のような塊が、ぐんぐん茜色の空を流れていった。
ジャージの群れは、白線のところで並び立ち、ぴゅっ、という笛の合図で勢いよく走り出していく。
すげえよなぁ、と達人成瀬が顔をゆがめた。
「あいつら、怖いものなんか何もないんだろうなぁ。ってか、そんなこと、考えることすらしないんだろうけど」
そうかも知れない、と流星も同意する。中学時代は、かがやく明日に向けて、ただ走っていればよかったのだから。
流星は自転車を引き寄せ、ハンドルグリップに赤茶けた手をなすりつけた。
グラウンドに隣接する細道をのろのろ歩きながら、校門に近づいていく。
傾いた陽差しの中、陸上部員の影だけがグラウンドを躍り回っている。
「よし、そのままグラウンド一周、行け!」
そのがなり声で、流星は飛び上がった。
正確に言うと、飛び上がったのは流星のノミのような心臓で、実際に動いて見えたのは、重たいまぶただけだったのだろうけれども。