その時に聞こえたのは君の歌⑥
さらに、妙な節を付け、でたらめに歌い出す。
「早く来ないとぉおお、先に行っちゃうよぉおおう♪」
橋の向こう側にある縁石に飛び乗り、にこにこ手招きしながら流星を待っている。
巻きに巻いた張りつめた糸が、ぱっつり途切れた。ほおが緩む。
「はい。行きます、今」
自転車を起こし、男子高校生に向けて軽く会釈すると、「自転車があると、便利なんだよねえ」とさらに笑みを作った。
あとは振り返らずに、堂々と自転車を押して、足を引きずった。
成瀬は柔らかな風を受けて、流星が来るのを待っている。間近まで来て顔を合わせると、急に、「達人」と成瀬が言った。
「おれのこと、周りのヤツはみんな、達人って呼ぶんだ。流星君もさ、これからそう呼んだらいい」
達人なんて呼ばれるような人間と、流星は今まで関わったこともない。
成瀬という人物に、少しだけ、興味がわいた。
「何の達人なんですか」
「太鼓」
「……ゲームの話すか」
ばからしくなって、さらに笑った。
達人成瀬は、流星を見下ろしてうなずくと、やがて意を決したように「頼みがある」と声を張った。
「UMA研究会のことなら、もう少し考えさせてください」
「え? あ、いや……うん。もちろん、それもあるけど」
達人成瀬は目を丸くしながら、それもあるけど、と繰り返した。
「でも、あの、今はそのことじゃなくてさ」
「はい」
「流星君。あんた今から、実習先の中学にあいさつに行くんだろ? さっき拾ったプリントにそう書いてあった。このままいっしょに、おれも付いていってもいいかなぁって、思ってね」
「どうして中学なんて……」言ってから、すぐに流星は気が付いた。
「そうか、成瀬さんも、同じ中学出身なんですね?」
「達人ね」
「はい、達人成瀬さんも、同じ中学出身なんですね」
彼はすぐに答えなかった。そこに、まだ流星に話せない何かがあるのを感じながらも、「付いて来れたらいいですよ」と、快諾した。
「あ、え? うん……え?」
普通に追い越してしまいそうになりながら、それでも、それでいいのか迷うようにしている達人成瀬の様子に笑みを浮かべ、流星は母校へと向かった。