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その手をもっと先まで③

「どうして自分だけが母校だって、思い込んでいたんですか。ってか、本当に私のこと覚えてませんよね。薄情者なんですねー、流星先輩は」

 それに、と遠藤良子はいたずらっぽく笑いながら、顔をのぞき込んでくる。

「飯島先輩とは中学の三年間、同じクラスだったらしいじゃないですか。それなのに、初めまして、なんてあいさつして。びっくりしましたよ?」

 流星は、さっきから微動だにしない飯島颯太に体ごと向き直った。

「本当に? 同じクラスだったの、です、か?」

 敬語で話していいのか、それともくだけた言い方がいいのか、流星は戸惑う。

 だから何、と飯島颯太が冷たく流星を見返した。

「たかがそれくらいで、親しいつもりになられても困りますね」

 その視線を遮るように、飯島颯太は体の向きを変える。

「ふふふ、流星先輩は疑い深いですねぇ」

 遠藤良子は、流星と飯島颯太とを見比べて、無邪気に首を傾げた。

 だってさ、と流星は思わずじょう舌になる。

「こんな面白いやつクラスにいたら、忘れられないと思うんだけどな」

「飯島先輩が、面白い、ですか?」

「なんか個性的だし。こびない感じが、その、面白いかなって」

 流星は、コーヒーカップをテーブルの隅に寄せて、両手を組んだ。

「そういうことなら正直に言うけど、実はぼく、中学のころの記憶があやふや……らしいんだよ」

「らしいって、まるで他人事だな」

 飯島颯太が切り捨てた。

「確かに。でも、今はそう言うしかない。記憶がおかしいって気づいたのも、つい昨日のことなんだ。覚えているはずのことが、思い出せない。決して、忘れちゃいけない人の名前がどうしても出てこないんだ」

 遠藤良子は飯島颯太をうかがってから、流星の組んだ両手に視線を落とした。

「今もです?」

「うん、今も。ぼくが困っているときに手を差し延べてくれたやつで、恩人なんだ。でも、思い出せなかった。結局、卒アル見て名前は分かった。……成瀬っていうんだ。でも、実感が沸かない。そうそうこいつだって、思えないっていうか」

 飯島颯太が立ち上がった。そのままレジに行き、三人分の支払いを済ませているのが見える。

 店員がレジを打っている間に一度だけ振り返り、ひでぇなと、流星に向けてはき捨てた。

「オレは今でも思っているよ。なんで成瀬みたいな無害なやつが、お騒がせ男のあんたの身代わりにならなきゃいけなかったんだよって」

 からんからん、と鈴の音を響かせて、店のドアが閉められた。



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