その時に聞こえたのは君の歌⑤
「走ることはできません。まだ、歩くので精いっぱいで……」
屋外では自転車を杖代わりにすることで、少しでも負担をなくそうと努めていた。
一定の距離を保ちながら、成瀬はまるで流星を先導するかのように、歩き続ける。
やがてふたりは、小さな橋にさしかかった。小さな、と言っても、繁華街と住宅街とを分ける重要な役どころのある橋だ。
緩やかなカーブに沿って、自転車のタイヤが、ぐるぐる回る。
あの、と沈黙に耐え切れずに流星が声を投げると、ちょうど後ろからやってきた男子高生の集団が、騒ぎ立てながら難なくふたりを追い抜いていった。
中のひとりが、さっそうと振り返る。
「今の人の歩き方、なんか変じゃね?」
集団が一斉に振り返ったので、思わず流星はひるんでしまった。
「なんか……ほら、な? 自転車を、さ……」
――『カワイソウだな』
急に、鉛でも引きずっているかのような錯覚に包まれる。
足が重い。前に進めない。
本当は、速度にさえ気をつければ、流星だって自転車にもたれることなく歩くこともできるというのに。
黄昏が、街じゅうに数多の影を伸ばし始めていた。
もうじき、何もかもを覆い隠す闇が訪れる。
早く夜になればいい、と流星は願った。そうすれば、きっと、このどす黒い感情ごと自分はその中に溶け込むことができるから。
消えてしまえば、だれからも見られることもない。
見られなければ、いないのと同じだ。
――『義足かな』
自転車のハンドルグリップに乗せていた両手を離す。バランスを失った自転車が、大きな音を立てて橋の上に転がった。
ばかにしているのか、とでも言ってやろうかと流星は思った。
だが、おびえたような彼らの表情を見るに、もしかしたら、本当に口走ってしまったのかも知れない。
まずい、と頭の中で警告音が鳴り響く。子ども相手にムキになって、なにが教師志望か。
「あらららら。自転車、思いっきり倒れちゃったけど、いいの?」
沈黙を破ったのは、のんびりとした成瀬の声だった。