ささやきの悪魔①
六月七日(土)と真白のチョークで書かれた黒板を背に、森野指導教諭と流星は並び立って生徒らと対峙していた。
普段ならば休日ということもあり、生徒たちの集まりが悪い。
長いろう下をだらだら歩いている面々を、森野指導教諭はいら立たしげに待ち構えている。
連れ立って教室に入ってきた前田輝臣と中丸若葉、重森あゆみを最後に、これで全員そろったものと思っていた。
惰性で出席を取リ始めた森野指導教諭は、重森あゆみが座っていると気づき、驚きのあまり出席簿を取り落とす。
ぽかりと口を開けているのがおかしくて、流星は咳払いをして、笑うのをこらえていた。
中丸若葉が、得意げに流星にウィンクする。
そんなときに、聞こえたのだ。
「あれ? 塩屋がいないけど?」
のんきな声を上げた茶色い髪の日向アキラは、今日も制服の上に陸上部のジャージを重ねている。
騒ぎ出す生徒を前に、森野指導教諭は、にがい顔でため息をついた。
「それじゃあ、塩屋から連絡があった者はいないんだな」
何度も念を押してから流星に目配せし、足を踏み鳴らしながら職員室に引き返していった。
「ふつーに、カゼ引いて休みなんじゃね?」
集団の中で、だれかがぽつりとつぶやいたあと、次々と賛同の声が上がる。
「日向君、今日はいっしょじゃなかったのかい」
流星が尋ねると、日向アキラは聞こえないそぶりで、わざわざ落としたペンを拾った。
代わりに答えたのは、加賀谷だった。
今日はもう、ほおに湿布を貼っていない。
「そういえば昨日の夜のライン、なんか変だったな。だれも怒っちゃいねぇのに、鬼みたいに、ごめんごめんって繰り返すし。まぁ訳わかんねぇし、いいかって思って、放っといたけどさ……」
教室の真ん中にあるスピーカーから、じりじりノイズが流れ出し、校内放送のスイッチが入った音が聞こえた。
「皆さん、体育館に集合しましょう」
加賀谷はなおも話したそうにしていたが、隣のクラスの面々がろう下に出てくるのが見えると、「まっ、いいか」とあきらめたように立ち上がった。




