だれもがいない部屋②
流星が職員室を出ようとすると、末永校長が小走りに近寄ってきた。
「北島先生? 森野先生は急用ができたので、遅れます。今日の授業の打ち合わせは済んでいるかしら?」
「授業は……はい」
「良かった。では、頼みますよ」
今日は森野指導教諭の不在のまま、一時間目の三年B組の授業をすることになった。
おなじみのA組と違い、B組はとても落ち着いた雰囲気のクラスだ。
たとえば授業のつかみに、テレビの話を振っても、乗ってくる生徒は皆無。これがA組だとしたら、ハチの巣を突いたような騒ぎになるのは目に見えている。
だからと言って、A組の授業がしにくいという訳でもない。
いちいち大騒ぎになるが、反応も良い。経験不足の実習生にとって、沈黙ほど嫌なものはないのだと、流星は身に染みて理解していた。
無難に授業を終えて職員室に戻ると、末永校長と立ち話をしていた森野指導教諭が振り返った。
急に悪かったな、と疲れきった顔でつぶやくのを見ると、どうやら何か難しい案件を抱えているらしいのがうかがえた。
中間休みを挟んで三時間目は、A組のHRの時間だ。
ここで改めて説明を受け、今朝の打ち合わせで末永校長が話していた交流会とはどんなものであるのかが、うっすらと見えてきた。
要するに、歓迎会で全クラスが出し物をする、ということらしい。
HRが始まるとすぐに、森野指導教諭は生徒たちに交流会でやりたいことはないか、と聞いた。
そして自分で聞いておいて、すでに答えも用意していた。
「もう時間がないからな。合唱なんて、どうだ?」
無理に笑みを作り教室を見渡した森野指導教諭は、生徒らの反応の薄さにがっくりと肩を落とした。
「北島先生はどう思う?」
急に流星に話を振ってきた森野指導教諭の目は、明らかに合唱を勧めなさい、と言っている。
「でも合唱って、付け焼刃でなんとかできるものでもないと思いますけど……」
長くて細い息を吐いた森野指導教諭は、ちろりと時計を見上げ、「ならば」と姿勢を正した。
「合唱以外にやりたいことがある者は、いるのか」
互いにごそごそ目配せし合っていた生徒らは、急に押し黙って視線を落とす。
森野指導教諭は流星に向き直って手招きし、「後は頼む」とつぶやくとするりと教室を出て行ってしまった。




