いつでも君のそばに②
すでに母親は起きていて、さっそうとフライパンを振っている。
「あら、おはよう。大切な日の始まりねぇ」
「うん?」
「お・は・よ・う! あんた、低血圧だから起きる自信ないって、言ってたんじゃなかったの?」
「……おはよう。寝てないから、起きる心配なんて要らなかった」
やあねえ、と母親はまゆ根を寄せて、首を振った。
「寝てないの? あんた、それでそんな青白い顔しているの。そんなんじゃ、すぐに早退しなさいって言われるんじゃないの?」
「まさか」
生徒じゃないんだし、と流星は食卓に着いた。
食欲はなかったが、子どもの頃、流星が好きだったメニューばかり並んでいるのを見ると、食べないわけにもいかない。
大学に入って以来、なんだかんだと理由を付けて、初めての帰省だった。
友人らは正月のたびに帰省して、たくさんの土産物を背負って戻ってきたが、流星は、とてもそんな気になれないでいた。
そもそも、バスで二時間の距離しかないのだ。いつでも帰れる、という安心感がそうさせたのかも知れない。
久しぶりの実家は、なんら変わったところはない。
相変わらず母親は趣味のフラダンスを続けていたし、飼い猫カナンはからっぽの洗濯機の中での昼寝を止めない。
今も昔も単身赴任中の父親が、昨日の深夜に電話を掛けてきたことだけが、唯一の変化と言えた。
精いっぱいやりなさい、とやけにかしこまって言うものだから、背中の辺りが妙にむずがゆい思いがした。
流星がため息をもらすと、なによ、と母親が唇をとがらせる。
「せっかく早起きして、朝からおまえの好きなハンバーグ作ったのに。目玉焼きまで乗せたのに」
――『何が足りないっていうの?』
「あぁ、違うって。そうじゃなくて。その、ちょっと嫌なこと……思い出してさ」
嫌なこと、と母親は繰り返し、急に心配そうに視線を落とした。
食卓の下に視線が行くのを感じ、流星は慌てて声を張る。
「今、また変な想像しただろ? 違うよ」
それから、ハンバーグにソースとケチャップを両方かけた。