足の先まで数センチ⑥
ビルの中のお騒がせ男が叫ぶのをやめ、後ろのほうに意識を集中させたのが見えた。
「それまでは、サトリとリーダー格の子は仲が良かったんだって。でも、それからうまくいかなくなって、その……暴力とか、そういうことになったらしいって、弟が言ってた」
紺色の制服姿の警察官が、窓辺をちらちら移動しているのが見える。
おそらく、お騒がせ男の真後ろまで来ているのだろう。
「弟は悩んでいたよ。リーダー格の子たちに遠慮して、自分もサトリを仲間はずれにするべきなのか。それとも、今までどおりに接するべきなのか」
自転車のハンドルグリップに目を落としたまま、流星は身動きひとつしないで、そのことばを聞いていた。
「なんて答えたんですか」
ほんの少しの間があって、「うん?」と達人成瀬が声を上げる。
「気にするなって、言った。サトリは何も悪いことなんてしていない。聞こえない声が聞こえる人間がいたって、別にいいじゃないかって」
別にいい、と流星は口の中で繰り返した。
もちろんいいさと、達人成瀬も重ねて言う。
いつの間にか、窓辺から男の姿は消えていた。
雑踏のざわめきが、騒動がすでに終わったことを告げている。
「だから、おれは今でも同じ気持ちだ。別に、流星君はウソを言ってるわけじゃない。そんな人間がいてもいい。だから気持ち悪いなんて、思わない」
「でも……」
「いいんだ」
唇をかみ締めた達人成瀬の顔は、きっぱりとしすぎていて、逆に流星を不安にさせた。
「世の中には、不思議なこともあるよ。……そうでなくっちゃ、つまらない」
今度はいつもの調子で、少しおどけて言う。
「流星君が、そのサトリと同じ能力を持っているのなら、それこそ現代のUMAだよ。ああ、ほら、そろそろ我らがUMA研究会に入りたくなったんじゃねぇの?」
まさか、と弾かれたように、流星が笑う。
そこに、警察に先導された先ほどのお騒がせ男が姿を現した。
すらりと背の高い男だ。
「余計なことしやがって」
男の口から吐き出されたことばに、流星の笑みが凍りつく。
「警察呼ぶなんて、信じられねえ」
人波が盾になって顔はよく見えないが、彼の着ているジャージに縫い込まれていたのは、市立第三中学のエンブレムだったのだ。




