その時に聞こえたのは君の歌①
これ知ってるよね、と鼻先にぐいと写真を突きつけられ、北島流星は少しだけ身をよじった。
「なんですか急に」
高いステンドグラスを背に、まゆ根を寄せる。
「え、うそ。知らない? いやいや、知ってるよね?」
無精ひげを生やした男は、流星の不審などものともせず、なおも写真を前へ前へと押し出してくる。
「いいえ。知りませんよ。あなたなんて」
白いコーヒーカップをひと揺すりしてから、流星は言い放つ。
先ほどからずっと、店内で大騒ぎしている連中のひとりだ。少しくらいトゲのある言い方をしても、許されるだろう。
胸のすいた思いで、北島流星は残りのコーヒーをあおる。
無精ひげの男は、仲間たちを振り返って制すると、流星の向かい側の席に、するりと腰を下ろしてきた。
「悪かったよ、うるさくして。なぁ、これさ、本当に知らね? 結構有名なやつなんだけど」
懐っこい笑みを浮かべてから、男はコーヒーカップの脇にその写真を置いた。
「ずいぶん大きな猿ですね」
「ビッグフットだよ! ……いや、イエティとは違うって。こっちはロッキー山脈のほうだからさ」
「それじゃあ、そのロッキー山脈じゃないほうの住みかは、どこなんですか」
その楽しげな様子に、思わずたずねてしまう。
不精ひげの男は、唇の一端をつり上げ、「ヒマラヤだよ」とにやりと笑った。
それから嬉々として、「生存率九十五%」だとか、「DNA鑑定」だかの話を続けた。
「ロシアとかさ、こう……そういうの、進んだ国なんかだと、専門の調査員とかごろごろいるらしいんだよなぁ」
すげえよな、とアゴをしゃくりながら、男が笑う。
「でも、アメリカなんですよね、住みか」
「そうだよ! でも、研究者は世界じゅうにいるんだ」
まるで、自分もそうだと言わんばかりに、無精ひげの男は豪快に笑い上げた。
雑誌のページを自前で撮ったのだろう。室内の照明が写り込んで、一部が発光してしまっている。
河川敷のような木々の生い茂った場所で振り返る、大型の類人猿の姿。
全体的に、不鮮明。だが、どうにも目を離すことができない。